第2話 ヨシオくん
下着姿のヨシオくんがあらわになる。
眼の前で惰眠を貪っているのは、お酒はまだだがもう車の運転免許も持っている歴とした成人男性であるはずなのだが、その姿は子供のころからほとんど変わっていない。
「あと10分・・・」
寒いのか、ダンゴムシのように体を丸めた。
パジャマを着ればいいのにと思うが、本人曰くそれだと体が拘束されて寝心地が悪くなっていやらしい。
「ダメ」
「ヨゾラの鬼・・・あと布団返して・・・・」
顔をひきつらせながら苛立ちをこの部屋の窓へと向ける。
2重サッシの、まず内側の内側の窓をゆっくりと開ける。暖房はさっき停めた。
「まってヨゾラ、俺が悪かった・・・だからやめて・・・」
にっこりと笑顔を浮かべてヨシオくんに向き直る。
「ふううん?何をやめてほしいの?」
「いや、だからその・・・」
慌てふためくヨシオくんを無視して外側の窓を一気に開けた。
外気温は3度。冷蔵庫の中より寒い。
あっという間に冷気が8畳ほどのヨシオくんの部屋に充満する。
私はコートを着込んだ完全武装。それに対してヨシオくんは初期装備以下。
ガバッと布団から跳ね起きると慌ただしく窓を締めた。
そして暖房の電源をいれ、設定温度を最大にした。
「なんて非道いことするんだ・・・」
「おはようヨシオくん」
睨みつけてくるヨシオくんにこれ以上無いほど上機嫌な笑顔で着替えを渡した。
「なんでもいいから早く支度して」
一転、目元に力を入れながら努めて冷たい声を出す。
「わ・・・わかりました・・・」
部屋を出て扉を閉めると、服を着ているのであろう衣擦れの音が聞こえてきた。
「ヨゾラちゃん、温かいお茶でものむ?あいつ支度に時間かかると思うから」
「いただきます」
おばさんの声に甘えて、こちらも軋む階段を降りる。
暖房のきいた居間で、熱い日本茶を一杯いただく。
「毎日毎日ありがとうねぇ・・・私も言ってるんだけどヨシオったらちっとも起きやしないんだから」
おそらくおばさんとおそらく家畜の世話をしに行ったヨシオくんのお父さんのぶんなのだろう、食器を洗いながらおばさんが私に話しかけてくる。
「いえ、もう習慣になってしまいましたから」
「それにくらべてヨゾラちゃんはしっかりしていて偉いわね」
このムラの10代は私とヨシオくんだけ、ちなみにそれ以下の年の子はいない。
そのせいかどうかはわからないけれど、私達は良く言えばムラのみんなに可愛がられ世話を焼かれる。悪く言えばいつまでたってもまるで小学校低学年の子供みたいに扱われる。
「いえ、そんなことは」
「それにちょっと前までこんな小さくて可愛らしかったのに、あった言う間に大きくなって、すごく美人さんになってね、ヨシオなんかにはもったいないくらい」
「・・・」
お茶を飲んで間をもたせようとするも、湯呑はもう空っぽだった。
「おかわり飲む?」
「ごちそうさまでした、もう大丈夫です。それよりアレの準備をしないと」
いつものように、そういって急須を持ったヨシオくんのおばさんから逃げるように席を立った。
「そうね、気をつけていってらっしゃい」
「お邪魔しました」
またいつものように玄関まで見送られて、ヨシオくんの家を出た。
といってもヨシオくんが来ないとどのみち私は中学校に行けない。
庭先に停められた、古びた二輪車のもとへ向かった。
スーパーカブという100年以上殆ど変わらない姿で販売が続けられた原付きバイクがヨシオくんの家のそこには止められていた。今も細々と生産が続けれてはいるらしいが、このバイクの製造年がいつなのか私は知らない。すくなくとも私より年上であることは確かだ。
スーパーカブ特徴であるという大きな荷台の代わりに、真新しい延長シートが取り付けられ、頑丈なロープで後ろにリアカーが繋がれている。
ロープの結び目をしっかり確認した上で、挿しっぱなしになっているキーを回し、ギアがニュートラルに入っていることを確認してからスタータースイッチを押した。
セルモーターがキュルキュルと周ったがエンジンは掛からない。
今度はチョークレバーを引いてから、再びスタータースイッチを押す。
キュルキュルという音に続いて、咳き込んでいるかのような不規則なエンジン音が響き始めた。
スロットルを少しだけひねる。
エンジンの回転数を上がるとともに、だんだん咳きがやみ規則正しくエンジンが回り始める。
しばらくその状態を保ち、エンジンの回転数を安定させる。
暖機運転が終わった頃、ようやくヨシオくんが2つのヘルメットを持って玄関から出てきた。
「大変お待たせいたしました」
うやうやしく差し出された私のヘルメットを受け取る。
「その心がけに免じて許してあげる」
ぷいと顔を背け、ヨシオくんの顔を見ないようにしながらヘルメットをかぶった。
顔が火照っているのはさっきのんだ熱いお茶のせいだと言い訳をしながら。
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