登校

第1話 ヨゾラの日課

「ピピピーピピピーピピピー」

 腕につけたスマートバンドのバイブレーションとアラーム音で目を覚ます。

 ベッドのなかで体を起こし、軽くあくびをする。

「2100年11月20日午前5時10分をお知らせします。現在地近辺の現在の天気は晴れ、気温は3度、予想最高気温は10度です。」

 私が体を起こしたことを検知し、スマートバンドが指向性スピーカーと網膜投射型ディスプレイで通りいっぺんの情報を私に知らせてくれる。

「今日も寒い・・・」

 断熱と暖房が行き届いた部屋の中では何ということはないが、壁を一枚隔てた向こう側には気温が一桁低い極寒の地が広がっているらしい。

 新着メッセージはトモヨちゃんから1件来ていた。後で返そう。今はまだ寝ているだろうし。

 中学校の制服をハンガーごと持ち、脱衣所へ向かう。

 毎朝の習慣になってしまった朝のシャワーを浴びてから、制服に着替える。

 ドライヤーで乾かしてからショートボブを入念に手入れし、お気に入りのヘアピンで前髪を留めた。

 お化粧は一度お母さんのを勝手に使って盛大に失敗し、ヨシオくんにとお父さんに笑われて以来、お母さんがお古のお化粧セットをくれたもののまだそれ以降試していない。

 高校に進学したらまた試そうと思う。

 でもその頃にはヨシオくんは・・・いやなんでもない。

 年季が入った我が家の階段は、私が足を乗せると軋んだ音をたてる。

 これでも私の家が建てられたのは2020年で、村の中では一番新しいらしい。

 ただ、年頃の乙女としてはまるで私が重たいみたいで複雑な気分になる。

「おはよう」

 リビングではちょうどエプロン姿のお母さんがテーブルに朝ごはんを並べているところだった。

 お父さんはパジャマのうえからドテラを羽織った状態でテーブルに座り、旧式のタブレットを操作して何かを見ているようだった。

 大型ディスプレイではネット放送のニュースチャンネルが表示されている。

「ヨゾラ、おはよう」

「今日もヨシオくんのところに行くんでしょう?早く支度なさい」

「わかってる」

 お母さんに急かされるように時計をチラチラみながら、トーストとハムエッグ、そしてサラダをややハイペースで口に入れ、牛乳で流し込んだ。

 一旦部屋に戻り通学カバンに必要なものを詰め込み、ブレザー服の上から学校推奨のコートを羽織る。

「いってきます」

「いってらっしゃい、ヨシオくんとちゃんとするのよ」

「いってらっしゃい、ヨゾラ。きをつけてね」

 一旦リビングに顔を出してから、お母さんが昨日磨いてくれたらしい、ピカピカのローファーを履き、家を出た。

 時刻は5時45分。ヨシオくんはいつもギリギリまで寝ているをそろそろ起こす時間だ。

 この道は私が生まれるもう10年ほど前まではアスファルト舗装がされていたらしい。もうボロボロになったアスファルトを補修するお金どころかこの村まで来て補修してくれる業者すらなく、村の人がアスファルトを剥がして重機で下の砂利を固めたらしい。

 外はまるで冷蔵庫の中みたいに寒い。

 足早に北へ向かって道を進み、3件隣の家の引き戸をがらがらと開いた。

「おばさん、おはようございます」

 引き戸が開く音をきいて、おばさんがいつもと変わらない笑顔で奥から出て来るのが見えた。

「ヨゾラちゃんおはよう。いつも早起きで偉いわね。ヨシオにも見習ってほしいわ」

「ヨシオくんはまだ2階ですか?」

「あの子ったら呆れたことにまだ寝てるの。代わりに起こしに行ってもらえるかしら?」

「わかりました。お邪魔します」

 そういって靴を脱ぎ、玄関の前にある階段を登って2階へ。

 一番奥の扉を開くと、ドアの横にある電気のスイッチを入れる。

「うぅ・・・」

 ベッドの中から苦しそうなうめき声が聞こえたが、無視してカーテンを開ける。

 日の出までもう少し時間があるとはいえ、空はぼんやりと明るくなってきていた。

 この一連の流れは、中学校に上がってから、もう私の日課になっている。

「ヨシオくん、そろそろ起きないと遅刻しちゃうよ」

 そういって掛け布団を剥ぎ取った。

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