一目でわかるかっこ

リーマン一号

第1話

心臓は早鐘を鳴らし、額からは湯水のように汗が流れる。乳酸で膨張しきった足に感覚は無く、時折膝に手を付いては息を整え、また何かを思い出したかのように歩を進める。苦しい。本当に苦しい。それでも僕に立ち止まることは許されていなかった。


なぜなら時刻は10時15分。すでに約束の時刻は15分も上回ってた。


「やばい、寝過ごした・・・」


人を待たせるなんて最低な行為であり、そんなことは百も承知。だからこそ五分前行動を意識して準備を進めていたはずなのに、ピクニック前日の小学生よろしく、当日の自分を何度もリフレインしているうち夜は更け、目が覚めた時にはこのありさま。カーテンの隙間から差し込む日の光で遅刻を確信し、周りの視線を感じながら般若の形相で全力疾走。全く持って恥ずかしいったらありゃしないが、気に留めるような余裕はない。


「絶対、怒ってるよね・・・」


待ち合わせ相手の名前は通称「薔薇騎士」。凡そ人の名前とは思えないが、もちろん本名では無い。僕たちはとあるオンラインゲーム上で意気投合し、一緒にプレイ重ねて行くうちになんとなく「リアルで会わないか?」という話になって今日を迎えたにすぎない。僕は足を止めずに素早く手元のスマホを操作した。


『すいません>< 少し遅れます』


謝罪の言葉を可愛らしいスライムが土下座するスタンプと共に送信し、少しで機嫌が良くなればと甘い期待をしていた僕だが、現実は厳しい。


『それが貴殿の最後の言葉か?』


スライムは綺麗に真っ二つに両断され、背筋にぞっと悪寒が走った。


『はやくせよ!移動呪文を使え!』


その後も彼女から送られてくる無理難題と罵詈雑言におびえながら、ようやく待ち合わせ場所へとに付いた時にはピッタリ30分の遅刻。僕はすぐに相手を探してキョロキョロと辺りを伺ってみるが、付近は人で溢れかえっている。


「困ったな・・・。初対面だし探しようが無くないか?」


相手の顔が分からなくてどうやって待ち合わせ相手を見つけるつもりだったのだろう?我ながら自分の馬鹿さ加減に気が付くと、スマホに通知があった。


『お主のことだ。今になって相手の容姿がわからぬと気づいておるのだろう?まったくバカな奴だが、まぁ、安心せよ。こちらは汗水垂らして公園に駆け込んできた阿呆に目星はついておる』


どうやら相手は僕の見える範囲に居て、尚且つ大体の予想が付いているらしい。

僕はそれならばと、単純に話しかけられるのを待っていると、再びスマホに通知があった。


『良く考えれば、貴殿はまだ遅刻した罪があったな・・・。許してほしければ、我のことを見つけて見よ。見事見つけることができればそれをもって不問とする』


なかなかの無理難題を突き付けられてしまった。まさか一人一人に『薔薇騎士さんですか?』なんて声を掛けるわけにもいかないし、やろうものなら見事事案達成で最悪警察のご厄介になる可能性もある。しばらく考えた後に僕のとった行動は単純な作業。


『何をやっていおる・・・?』


ビビりの僕がとった行動はそれらしき人にじっとまなざしを送ることだけ。

当然、そんなことでは件の相手など見つけることなどできないし、時間だけが刻一刻と流れて行くと、しびれを切らしたのは相手の方だった。


『情けなくて見ていられぬわ!!ヒントをくれてやるから本気で探せ!わらわのハンドルネームは薔薇騎士。これがラストチャンスじゃ!』


彼女の返信はそれを機にピタリと止み。僕は正直初めから検討が付いていた憶測をもとに人探しを再開すると、程なくして・・・。


「・・・薔薇騎士さんですよね?」

「逆に聞くが、なぜ見つけられなんだ?」


バラ柄のワンピースにひときわ目立つ黒檀のように綺麗な黒髪の女性がずっとこちらを見つめていたのは分かっていた。しかも、薔薇の名に恥じぬほどの凛とした美貌を持っていて、町ですれ違うものなら10人が10人とも振り返るであろう容姿であれば尚更だ。


「目が悪くて・・・」

「そうか?わらわには裸眼に見えるがの・・・」


とっさに嘘も相手にはバレバレだった。正直、公園に入った途端に彼女に目が行ったし、「もしかしてこの人じゃないだろうか」とも思ったよ。僕が遠い目をしてだんまりを決め込んでいると、彼女は疲れたように笑った。


「まぁ良い。ここは暑いからな、どこか茶店にでも入らぬか?もちろん貴殿の奢りだがの!」

「も、もちろん!」


どもったのは奢らねばならぬ事実にではなく、片目を閉じてウィンクする彼女があまりに美しく頬が赤くなるのを必死に隠そうとしたからだ。


「では、ゆこう」


彼女は時計塔に寄りかかるのを止め、自然に僕の手を取ると、今度は隠すことはできなかった。ハッキリと顔に熱が宿り、少し頬が朱に染まったのだろう。それを見た彼女に『憂い奴じゃの』と鼻で笑われたが、対女性の経験値が圧倒的に不足する僕にはどうすることもできない。唯一出来るのは「素晴らしい出会いをありがとう」と神に感謝を述べるのことと一つのお願い事。


彼女のハンドルネームは「薔薇騎士」。思った通り薔薇柄の服を着た薔薇のように美しい美貌を持つ女性だったが、残念ながら同時に思った以上に騎士でもあるらしい。


見ないように見ないようにと自分に言い聞かせても、どうしても目が行ってしまう彼女の足元に立てかけられた一振りの刀。日の光を鈍く照り返すそれは真剣のようにも見え、僕はずっと頼むからこの公園にたまたまあって彼女の私物ではないことを祈っていたが、神様とは時に残酷らしい。僕の手を取る反対の手は、あまりのも不釣り合いのそれに延ばされ、当たり前のように彼女の腰の鞘に収まった。


「あの・・・。それは・・・」


意を決して聞いてみる。


「ん?これか?妖刀ムラサメ。わらわの愛刀じゃ」


なるほど。愛刀ですか・・・。

最後の望みのネタという路線がつゆに消え、僕はただ苦い笑顔を浮かべることしかできなかった。

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