第2話 魔王の玉座
魔法陣で転移した先は空だった。足場がない。立位の姿で落ちている。
雄吾は慌てなかった。浮かんでいるという感覚が強い。緩やかに景色が上に流れてゆく。
空にいながら更に上を見る。純粋な水色に赤い球体が浮かんでいた。惑星に思える。月のような存在は三つ。三角形を形作る位置で淡く光っていた。
視線を下げた。丸みのある地平線の手前にガラス細工を見つけた。尖塔が寄り集まって城を形成していた。近くには緑の綿毛が落ちている。目を凝らすと森と認識できた。
方々に街が見える。威厳に満ちた城が複数、目に留まる。誰かの落し物のような要素が地表には散りばめられていた。
「……これが異世界なのか」
感情の籠らない声を漏らす。意外性は皆無であった。ライトノベルで読んだ、そのままの内容が展開されていた。
「ようこそ、新しい最後の魔王よ」
声が聞こえた右横に顔を向ける。空の一部に丸い穴が開いていて、その先には漆黒の玉座に身体を預けた白い軍服姿の人物が悠然と構えていた。左右から生えた黒い角は水牛を彷彿とさせる。髪の色は金色で目は赤と青のオッドアイ。美形の部類に入った。
「俺に言っているのか?」
「そう、十二人目の魔王のあなたに理解できる言語で話し掛けている」
「それにしても魔王の数が多いな」
別の方向から粗野な声を掛けられた。
「潰し合いが始まるんだからよォ、気にしなくてもいいんだぜェ」
左手の方向にも穴があった。黒々とした毛皮を着た大柄な人物が赤い玉座に足を組んだ姿で座っていた。四肢は丸太の如く太い。肝まで太いように思えた。
「説明不足ですよ。新しい魔王が戸惑っているではありませんか」
澄んだ声を耳にした雄吾は顔を正面に戻した。丸い穴の向こうには楚々とした女性の姿が見える。白い玉座に相応しい純白のドレスを身に
「この世界には十二の玉座が存在します。適性のない者が座れば無残な死を遂げます」
「いたねェ。俺の玉座に座って臓物をぶちまけた野郎がよォ。内臓が捩れるくらいに笑ったぜェ」
中央の女性が軽い咳払いをして話を続ける。
「十二の玉座が魔王で占められた時、この世界に新たな玉座が現れます。生き残った魔王の一人だけが座れる特別な物です」
「至高の玉座」
右横の声であった。オッドアイが鋭くなる。
「この世界の全てを手に出来るという伝承が残されている」
「もちろん、あたしも狙っているわよ」
「至高の玉座は俺様に相応しい」
次々と穴が開く。玉座に座った十一人の個性的な魔王が名乗りを上げる。
間もなく一同は声を揃えて言った。戦いの渦中にようこそ、と。
「俺の玉座はどこにあるんだ?」
魔王達は雄吾の真下を指差す。
視線を移すと緑の平原の中から幾つもの石柱が飛び出していた。ほとんどの物が風化に耐えられず、
「ボロボロだな」
「新しい魔王の誕生で蘇ります」
上からの声に目を向けると全ての穴が無くなっていた。水色の空の向こうに血の色に似た球体が浮かんでいる。開戦の時を雄吾の心に強く植え付けた。
自然落下に任せて地に降り立つ。寂れた遺跡を視界に収めながら一方に歩く。
上空から見た神殿に行き着いた。観音開きの扉の片方が倒れていた。踏み締めて中へと入った。
「あれか」
最奥に青い玉座が佇んでいた。大股で歩いていく。瓦礫を避けて数段の階段を跳び越えた。
雄吾は笑っていた。玉座から流れ込む圧倒的な力に心酔した。喜びに満たされ、理由もなく大声で笑った。
「これが魔王か! いいぞ、やってやる! 俺がこの世界の覇者となって君臨するのだ!」
「その通りでございます」
屈強な従者が片膝を突いて頭を垂れる。神殿と同様に蘇り、数は数百に及ぶ。誕生した魔王の配下として次の言葉を待っていた。
雄吾は高揚感の絶頂を迎えた。ぎらついた目で立ち上がる。
大きく息を吸った瞬間、光に包まれた。驚きの表情で顔を下に向ける。見覚えのある魔法陣が光っていた。ただの模様ではなかった。
「いや、まさか、そんな。ちょっと待て!」
「仰せの通りに」
配下の者達は同じ姿勢を貫く。雄吾は大きく手を振って全力で否定したが意味はなかった。
力を発揮する事なく、雄吾は別の世界に飛ばされた。
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