『短編』ここが僕の最後の砦

葵蕉

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年齢21歳、職業無職、実家住み、部屋にあるのは何年前か前にハマったアニメのサブヒロインのフィギュアと、全巻揃ってない早々に打ち切られた大好きだった漫画、型落ちのデスクトップパソコン。あとは何年も洗ってないベットとゴミが少々。


この家の2階にあるこの部屋が、僕の最後の砦。


窓のカーテンを最後に開けたのは何時だったろうか。夏でさえもエアコンをガンガンにつけてるせいで、開けた窓から届く外の薄汚れた空気なんてここ数年感じたことも無い。…いや、ガンガンは付けてない…。僕はエアコンから出てくる機械質な風も嫌いだった。


今日も寝て起きたら明日になっていた。明日もきっと寝て起きたら明後日になってる。


その間間に俺がしたことと言えば…特記するようなことでもないか。

今日も、サービスが終わる終わると言われて結局まだ終わっていないオンラインゲームを、ただ黙々とプレイし続けている。今となってはみずぼらしいこのグラフィックも当時は神グラフィックだと騒がれていたっけか。そんな、もはや糞と呼ぶしかないこのゲームを、ただ黙々とプレイし続けている。


……今日も夜が来た。気が付けば夜がくる。そしてまた朝が来る。朝と夜の間には何もない、何も知らない。覚えていないし、思い出したくもない。

でも、夜という概念を明確に覚えているのにはきっと訳がある。

その訳は……、


コンコンッ――。


部屋の扉を叩く音がする。

何時も夜になると聞こえてくるこの音。耳から離れるわけが無い。


「お兄ちゃん。入るよ」


入るなと言っても結局入ってくる。

だから、僕は無言で彼女に返事をする。


「お邪魔しまーす……」


部屋のドアから入ってくる彼女を僕は横目でうっすらと見る。

長くて綺麗な黒髪を腰まで伸ばして、二重ではっきりとした目と鼻、その整った顔立ちとよく似合う薄い緑色のパジャマ…。

僕の妹は思えない容姿をした彼女はこの部屋に似ても似つかない香りを身にまとって僕に近づいてくる。その香りが鼻を燻る。咽返るようなきっとこれは石鹸の香り。


「お兄ちゃん……?今日もお風呂入らなかったの?」


入るわけがない。入りたくもない。

そこに入ってしまったらお前が漂わせている香りを僕も身にまとうことになる。

そうなったら吐き気が止まらなくなりそうだ。


「うん……と、じゃあ、今日もお兄ちゃんの顔が見れて良かったよ。それじゃあ……おやすみ……」


俺はそう言う彼女を、ただただ顔を伏せて去るのを待つ。

待てばそのうちいなくなる。いなくなれば、また僕の砦が築かれる。

その砦さえできてしまえば、僕はまた夜を終わらせることができる。何事もないかのように朝を感じることができる。


――バタンッ


扉が閉まる音が聞こえる。

そうしてまた静寂が訪れる。

この家の2階にあるこの部屋が、僕の最後の砦。

この砦さえあれば僕は……僕は……。



――そして朝が来た。

朝というのは明確じゃないかもしれない。僕の中で朝という概念の時が今だというだけだ。

朝になれば何にも覚えなくて済む。安全にこの部屋の中にいられる。それを咎める者は誰もいない。もういない。

そしてまた僕は、パソコンを起動してあのゲームをプレイする。

もう僕にとってこのゲームでやらなかったことは何もない。

ただ黙々と、モンスターを狩って狩って狩って狩って狩って狩って狩って狩って狩って狩って狩って狩って狩って狩って狩って狩って狩って狩って狩って狩って狩って狩って狩って狩って狩って狩って狩って狩って狩って狩って狩って狩って狩って狩って狩って狩って狩って狩って狩って狩って狩って狩って狩って狩って狩って狩って狩って狩って狩って狩って狩って狩って狩って狩って狩って狩って狩って狩って狩って狩って狩って狩って狩って狩って狩って狩って狩って狩って狩って狩り続けて。


気が付けば、また夜が来る。

何故か夜が来る。夜という概念が来る。

朝と、夜の間には何もない。何も知らない。それを知りたいとも思わない。

そしてまた今日も扉を叩く音が聞こえる。

叩く音が聞こえる。

聞こえる。

聞こえ……る?


いくら待てども待てどもその音は聞こえない。

何時も聞こえるあの音が聞こえない。何も聞こえない。聞こえるのはただパソコンのファンが回る小さな音。それ以外は何も聞こえない。耳が音を受け入れない。


何も聞こえない。



そして朝が来る。

朝が来たという気がする。そんな気がした。

そんなきがしたというだけで実際は来てないのかもしれないが、たぶん来た。もうすぐそこまで来た。


けど来なかった。


僕が朝だと認識しているものは来なかった。

いくら待てども、待てども。朝は来なかった。

そして明日も来なかった。今日が明日になればそれは今日になるし、今日が明日になれば、それも今日になる。

今日になった。


僕はそっと部屋の扉に手をかける。


――ガチャ


扉のドアノブが回る音が部屋に木霊する。けどその音は僕の耳には届かない。届かずに消えてどこにも届かない。


――ガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャ


何度も何度もこの扉を開けようとするが開かない。

開くはずもない。僕にとってこの部屋は最後の砦。

それ以上でもそれ以下でもない代わりに、ここは僕の最後の砦。

すっと息を吐いてその場に座り込む。

扉の先からうっすらと漂ってくる、石鹸の香り。

ただただその鼻を突く香りをただただ嗅ぎながら。

僕はまた夜が来るの待った。


ここは僕の最後の砦。

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