12
昇二は、一年五組の教室で、まるで罪人のように手を後ろに回されて椅子に縛りつけられていた。机が三つ寄せてあり、サングラスの担任教師と昇二の父親と母親が向き合って座っていた。
三者面談だった。三者面談に両親が揃ってやって来たのは、全校生徒の中で蓮正寺昇二の家だけだった。
「いい天気ですね」サングラスの担任が言った。
「そうですね」両親が声を揃えて応えた。
「息子さんの将来についてお話ししましょうか」
「そうですね」
「やはり進学ですか」
「そうですね」
昇二は今すぐ窓から飛び降りたくなった。
「具体的にどちらの大学をお考えですか」
「いい大学です」母親が形而上学的な意見を述べた。
「学校に行きたくない」昇二はぼそぼそと言った。
「みんな行くんだから行くのが当たり前」点数をつけるとすれば零点の母親が言った。
「本人の意見も聞いてみましょう。昇二くんは自分の将来をどう考えているかな?」
「ぼくに未来はない」
「その口の利き方は何だ!」点数をつけるとすれば零点の父親が、鼻息荒く怒鳴った。
「まぁまぁ、お父さん。非常に斬新な考えですよ」
「お金の心配はしなくていいから」保護者とは名ばかりの母親が、金のことなど誰も話題にしてないのに恩着せがましく言った。
昇二は、両親が言葉を発するたびに絶望に身を引き裂かれるような思いがした。
父親も母親も、揃いも揃って独善的で、視野の狭い、薄っぺらな恥知らずだった。そのうえ、頑迷で横暴、不寛容で世間知らず、見栄っ張りで自己愛ばかり強く、義務と権利の区別もつかない、身勝手で硬直した排他主義者だった。思慮に欠け、愛情を履き違え、押しつけがましいくせに大事なことは何一つ教えない、思考停止して欺瞞に満ちた、どこまでも傍迷惑な愚か者だった。彼らはあまりにも凡庸で幼稚、怠惰で傲慢、陳腐で浅薄であり、己の無能を棚に上げた、単細胞で時代錯誤の血迷った虐待者だった。おまけに、偏見に満ち、ユーモアの欠片もなく、欲得ずくで、致命的なまでに矛盾し、客観性を欠いた、体面がすべてで物事から何一つ学ばない、想像力の欠如した田舎者の俗物だった。
昇二の考えでは、学校なんてものはもうなかった。あったとしてもそれは役目を終えていた。家族なんてものももうなかった。あったとしてもそれは役目を終えていた。少なくとも自分にとってはそうだった。昇二は、金輪際そのどちらとも関わることをやめにしたかった。
「先生にお任せできれば安心です」権威主義で他力本願の母親が言った。
「私なんかそんな」サングラスの担任は謙遜した。「お父さんも私と同業でしたね」
「少しは事情を分かっているつもりです」父親は虚勢を張った。
「力を合わせれば何とかなるでしょう。あとは本人次第です」
「学校に行きたくない」昇二はぼそぼそと言った。
「いい大学は、いいですから」いい大学に行ってない母親が言った。
「いい大学は、いい」いい大学に行ってない父親が言った。
「いい大学は、いいですね」いい大学に行ってないサングラスの担任が言った。
「いいって何が?」昇二は口を挟んだ。
「子供はそんなこと知らなくていいの」物事をごまかすだけの母親が言った。
「この道しかない!」馬鹿の一つ覚えしか言えない父親が言った。
「話はまとまりましたな」
趣味で女子更衣室を盗撮しているサングラスの担任は、そう言って立ち上がった。
父親も母親も立ちあがった。
そのとき、昇二はこの三人がいつの間にか巨大な毒虫に変身していることに気がついた。
恐ろしくも滑稽な正体だった。毒虫たちは、でっぷり太った樽のような胴体の上に、小さい頭がちんまりと乗っていた。鼻はつぶれ、そのすぐ上に鈍くてけち臭い二つの目がそれぞれあらぬ方を向いてついていた。額には欲深げなしわが何重にも刻まれ、意地汚なげな口許から垂れたよだれが節になった腹にべったりとまとわりついていた。
何本もある脚はどれもまるで箸のように細く、短く、ブラシのような硬い毛がびっしりと生え、がに股だった。その脚が意味もなく小刻みに動いているせいで、体全体が落ち着きなく右に左に揺れていた。
三匹の毒虫たちは、がさごそ動いて身を寄せ合うと、指先までびっしり太い毛が生えた手を突き上げて鬨の声をあげた。
「いい大学に行くぞ!」
「えい、えい、おー!」
もう耐えられなかった。
昇二は縛りつけられたまま立ち上がり、机をなぎ倒して窓に走っていくと、ためらうことなく飛び降りた。
一年五組の教室は二階だった。昇二は、植え込みの脇に落ちて膝を強く打っただけだった。悶絶して転げ回ったが、あまりの痛みに声を出すこともできなかった。こんなに痛いなら、死んだ方がましだった。
「おい、メガネ!」
上から嘲るような声が降ってきた。
見ると校舎の窓という窓から生徒たちが顔を覗かせ、昇二を見下ろしてにたにた笑っていた。
「三者面談におやじまで来たのか!」
誰かが言うと、みんなが一斉に笑った。
「一人じゃ何もできないのか?」
笑いがどっと膨らんだ。
「こいつのおやじは高校の先公だぜ!」
別の誰かが密告した。
笑いと不快の混じった声があがった。
「しかも体育の教師!」
失笑とブーイングが起きた。
「母親は専業主婦!」
笑いの集中砲火が浴びせられた。
「息子は小説家になりたいんだと!」
校舎がどかんと揺れた。爆笑に次ぐ爆笑だった。
昇二は消えてなくなってしまいたかった。
どこからともなく、素行のよくない生徒の一団が現れた。昇二は無理やり担ぎあげられると、他の生徒たちが囃し立てる中を旧体育館へと連れていかれた。そして、またしても例の錆びついたロッカーに閉じ込められた。
「出してくれ! 閉所恐怖症なんだ!」
ドアの向こうの笑い声は、すぐに遠ざかって行った。
昇二はパニックを起こしてドアを叩きまくった。体当たりをした。思ったように息ができず、脳みそが縮みあがったようになった。そして――。
気を失った。
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