仏頂面のララバイ
つくお
プロローグ
おれの名はコヨーテ。上にも下にも何もつかない、ただコヨーテだ。
中には本名を教えろとしつこい輩もいる。街頭アンケートなんかに答えるときもそうだ。粗品につられてすべてを喋ってしまいそうになることもあるが、おれは探偵。うっかり洩らすわけにはいかない秘密がごまんとある。
おれは事務所の椅子に腰掛けて、空気を送り込むとぴょんぴょん跳ねる蛙のおもちゃを弄んでいた。不意に、決して眠らない街東京が窓の外でえらく静まり返っていることに気がついた。こいつは只事じゃない。おれの中の探偵の直観が脳髄にビリビリと訴えかけてきた。
神経を研ぎ澄ませると、おれは自分が耳栓をしていたことを発見した。おやつにワッフル二つを平らげたあと、昼寝のために付けたのがそのままになっていたのだ。耳栓を外すと街はいつもどおりの喧騒を取り戻す。わずかな油断が命取りになる街、東京。この街にはおれが解決しなきゃならない事件が映画館のポップコーンみたいに溢れかえっている。
ステファニーが入ってきて依頼人がお待ちかねだと告げる。ステフはやっとハタチを超えたばかりのキュートなブロンド。昨年、美容師がらみのカツラ事件で危ないところを助けてやって以来、居ついてしまった。ときにはフラワーアレンジメントの資格を取ると息巻いて出ていく素振りを見せることもあるが、今のところおれのそばを離れられないらしい。
ステフは、さっきから呼んでいるのに全然返事をしないと言ってひどく怒っていた。探偵には一人で思索する時間が必要なのだと教えてやるにはまだ早い。怒った顔もかわいいよと言って宥めすかす。
「お客さん、誰だと思う?」
「さぁね」
「お偉い政治家のセンセイ」
「だからって追い返すわけにもいくまい?」
おれは平静に答えた。誰が来ようと客は客、引き受けるかどうかは依頼内容とおれの気分次第。おれはグラスに残ったバーボンを一気に飲み干した。昨夜マイテと過ごした過激な夜の疲れが少しばかり残っていた。
この稼業に危険はつきものだが、もちろんそれなりの見返りもある。女もその一つだ。依頼によっては女が旅行パックみたいになって付いてくるというわけだ。おれは襟を直しながら、マイテとの仲に嫉妬するステフの視線を見逃さなかった。ここは何も言わず放っておく。
そんなわけで二週間ぶりの依頼人。
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