六話『くえすと すたーと』
街は、人々の活気や熱気に溢れていた。
教会の前に立ち尽くす俺の前を右に左に人が流れていく。その格好は様々だが、現代人の格好とは程遠い格好をしている。
背にありえない程の荷物を背負った行商人。水がめを持って歩く婦人。鎧を身にまとった兵士達の行進。勢いよく走る馬車。子ども達は木の棒を片手に戦いの真似事をしながら走り去っていった。
赤レンガが敷き詰められた大通りには中世の街並みが広がっていた。
これまたレンガ造りの家々は太陽の光に白く美しく輝き、人々を優しく迎え入れる。
水音の美しい噴水広場。
少し遠くを見れば立派な時計塔。更にその向こうには、なにやら城のような建物が見える。
こんな光景はテーマパークでしか見たことがない。いや、テーマパークなんかよりも遥かに巨大で… かつ、自然に、当たり前のようにそこに存在している。
人々の喧噪。美しい街並み。爽やかに吹き抜ける風。優しく俺を照らす太陽。そのどれもが心地よく、心をワクワクと躍らせた。
「これ… 本当に夢なのかよ…」
この風が。この耳に入る人々の声と足音が。この肌に当たる日の光の暖かさが。…全て、夢の中だというのか。
リアリティがある、なんてものではない。
それはまさしく、現実だった。
「… … …」
俺はとにかく、その世界に入りたくて仕方がなかった。人々の流れに入り、街の中を散策する事にした。
「まあ、教会の僧侶さん。こんにちは」
「今度の礼拝、美味しいクッキーを差し入れするわね」
「よう僧侶さん!祭司のキオ様は元気かい?」
「そこの僧侶のにーさん!いい薬草入ってるよ!お一ついかがかな?」
俺にかけられる声は俺を暖かく迎え入れていた。美しい絹の服を身に着けた女の人や、道端の商人は俺を見て笑顔で声をかけてくれる。
「は、はあ…」
俺はそれに生返事をするしかなかった。
だが…気分は最高だった。
本当にRPGの世界の住人になった気分。というか、俺はこの世界の住人になれたのだ。
退屈な現実世界とは程遠い、冒険の世界の街。その場所の一員となれた事に嬉しさを感じている。
夢、というのがまた良い。
現実の世界に帰りたければ、朝になれば勝手に帰れるのだ。夢を見ている間はこの全く別の世界で暮らし、冒険の日々が送れる。
「…いいじゃないか、この世界…!」
イシエルが言うには、『夢現世界』という世界。その中の、『ムークラウド』という街。
俺は始まって10分も経っていないこのゲームの虜になっていた。
微笑みながら周りを見回す俺の頭の中に、声が紛れ込んできた。
『みんな、どうかな?夢現世界を楽しんでくれているかな?』
それは、イシエルの声だ。
俺の思考回路の中に直接入り込むように、頭の中でその声が聞こえる。直接語り掛けてくるとはこういう感覚か。
にしても…『みんな』って、なんだ?
『街に出ているプレイヤーもどうやらいるみたいだね。それじゃあ、早速だけど…最初の『クエスト』を開始するよ』
…クエスト?
『街の中でキミが知っている人物に、『二人』出会ってみよう!制限時間は今から30分!達成したプレイヤーにはボーナス経験値をプレゼントだ』
経験値?
…と疑問には思ってみたが、まあRPGの世界なら当たり前か。
経験値を貯めて、レベルを上げる。基本だな。それで強くなって魔王討伐、と。
しかし知人二人か。さっき会った安田先生を一人とカウントするとして…もう一人を探さなくてはいけない。
僧侶を選んでしまった俺としてはソロプレイでの経験値は是が非でも獲得しておきたい。俺は必死で辺りを見回す。
知ってる人… 知ってる人…。安田先生がいるという事は学校関係者がまだキャラとして存在しているという事か?
くそ、もう少し交友関係を広く持っておけば良かった…!
――― …
15分が経った。
駄目だ。
大通りは人が多すぎてどれが知人かどうか見分けがつかない。
俺は家と家の間の小道に入って人を探す事にした。
太陽の光が隠れて薄暗い路地を進む。
用水路で選択をする婦人やベンチに座り込んで昼寝をする老人はいるが… 見知った顔はいなかった。
どんどん時間だけが過ぎていく。30分。残り時間はあとどれくらいだ…!?
「あーもう!どうすりゃいいんだよ!」
俺は更に路地の奥へ入っていく事にした。
その時。
ドン!
脇の小道から出てきた誰かと思いきりぶつかる。
「うわっ!?」
「きゃっ!」
俺とぶつかったのは、女性らしい。驚きの声を上げてその場に座り込んだようだ。
緑と白の民族衣装のような可愛らしい服装の女の子は俺の方を見上げる。
その顔は… 俺の知っている人物だった。
「み… 宮野さん…!?」
「え…?」
その人物は、学校で俺の隣の席にいつも座る、宮野沙也加その人だった。
宮野さんはキョトンとした顔で俺を見つめる。
「あの… みやの、というのは…?」
「え、あ、え…」
安田先生がキオだったように、宮野さんは夢現世界では違う名前、違う役割のキャラなのだろう。俺は言い淀んだあと咳払いをした。
「こほん。す、すいません…人違いをしたようで…」
「そうでしたか…。僧侶様ですもの、色んな方を見ていますものね」
クス、と宮野さんは笑う。
…やはり現実世界の宮野沙也加とは違う、キャラとしての人物らしいな。顔はそのまま同じだけれど…まぁ、夢の中だからな。
それなら少し安心する。現実ではこんな事できないだろうけれど…。
俺は座り込んでいる宮野さんに手を差し出す。
「失礼しました。お怪我はありませんでしたか?」
… 自分で言っていて少し恥ずかしい。
宮野さんは俺の手をとって立ち上がり頭を下げた。
「はい、大丈夫です。私の方こそ前をよく見ていなくて…ごめんなさい、僧侶様」
「い、いえ… かたじけない」
僧侶ってどういう口調なんだ。あっちが完璧なキャラなので自分も何かになりきらないといけないような気がしてきた。
「私、シャーナと申します。教会には何度か奉仕活動のお掃除などでお世話になっております。お見知りおきを」
シャーナ… しゃあな… さあな… さやな… さやか…
キオ先生と比べると少し無理矢理な名前の気もするな。
「僧侶様とは…申し訳ありません。初めてお会いしますよね?あの、お名前を…」
「あ、ああ… 初めて、ですね。俺は…マコトと言います。どうぞよろしく」
なんだか身体が痒いというか照れるというか。いつも隣の席にいるのに、こんなに近くで見つめ合って自己紹介するなんて…。ましてこんな可愛い女の子と…。
「マコト、さんですね。よろしくお願いします。私この先の家に住んでいますから、この辺りで奉仕活動をするのなら是非お声をかけてくださいね。教会のお手伝いが出来るなら母も喜びますわ」
「え、あ、その… そ、そうさせていただきます」
なんていい街娘なんだ。心の美しい人は、ゲームの中でも美しいか。
「マコトさん、僧侶様にしてはとてもお若いですね。私と同じくらいでしょうか?」
「たぶん、そのくらいかと」
同級生だしね。
「わあ、それじゃあお友達になれそうですね!あ、でも僧侶様とお友達なんて失礼ですよね?」
「か、構いませんよ!僧侶だって友達いますから!」
多分いるだろ、僧侶でも。
「やったー!ありがとうございます!…あ、それじゃあ、私買い物があるので…これで失礼します。またお会いしましょうね、僧侶様… いえ、マコトさん。きっとまたお会いする気がしますわ」
「…は、はい…。いずれ、また…」
宮野さん…。シャーナはもう一度俺に深く頭を下げて、大通りの方へ小走りで走っていく。振り向いてもう一度俺に手を振ってきたので、俺も小さく手を振ってそれに応えた。
… … …。
惚れてしまうだろ。いかん。夢の中夢の中…。
自分の頬を叩いた、その瞬間。
『パッパパーパパパパー!!♪♪』
「どわぁぁ!?」
いきなりラッパの音が頭の中で直接響いた。
(ふぁ、ファンファーレ…!?)
続いて、イシエルが再び俺の頭の中で発言する。
『クエスト終了!みんなノルマは達成できたかな?達成者にはボーナス経験値が送られたよ。確認してごらん』
「確認っていっても…」
『自分のステータスをチェックしてみよう。自分のどちらかの手をグーにして前に出して、そのままゆっくりパーにしてごらん』
俺の疑問に答えるようにイシエルが言う。
「こ、こうか…? うわっ」
言われるがまま俺は手をグーにしてゆっくり前に出し、手をパーにした。
すると、ゲームでよくあるような『ウインドウ』が俺の開いた手の前に小さく表れた。
空間に直接浮き出た文字を俺は目を凝らして眺めた。
「えーと…」
【マコト 職業:僧侶(ランクC)
レベル:2(次のレベルまで経験値15)
HP :20
MP :11
攻撃力:3
防御力:4
素早さ:2
魔力 :7】
【装備
武器:なし
服:僧侶の服(防御+2)
その他:僧侶のエンブレム(効果??)】
… … …。
比較対象がないのでいいステータスなのかどうかさっぱり分からないが…とにかく、レベルが【2】になっているところを見ると、さっきのラッパの音はレベルが上がった音らしい。
つまり、クエストは成功したと。よしよし、いい滑り出しだぞ。
しかし… あんな風に現実世界の人が夢の中にたくさん出てくるのか。
…シャーナ…。宮野沙也加さん。 … … …。 なんだか現実に戻って会うと変な感じがしそうだな。
そんな事を考えていると、イシエルが次の言葉を頭の中に入れてきた。
『それじゃあ次のクエストいってみよう。今度のクエストは、成功者にボーナス金を支給するよ』
「え、金か…!」
それもRPGでは重要な要素だな。金を稼いで良い装備とアイテムを手に入れていかないといくらレベルを上げても話にならない。
俺はイシエルの次の言葉を待った。
『次のクエストは…』
『街の外に出て、モンスターと戦ってみよう!』
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