四話『げーむ すたーと』


「… よし」


時刻は夜、23時。寝間着を着て歯を磨き、俺は就寝の態勢をとる。


… … …。


アホか。

寝る事に何を緊張しているんだ俺は。


今朝見た夢の話など、寝てしまえばあとは俺の意識次第。どうとでも変わる。

昨日見た夢の続きを今日見るなどという確証はないし、俺の人生の中でも夢の続きを見るなどという経験はない。

つまりは、緊張するべきことは何もないのだ。


あの黒い小鳥が言っていた『ゲーム』の夢など…おそらくきっと、見ないだろう。いや、見たくない。ここ最近そのゲームの夢にうなされっぱなしだ。

今日は思いきり違う事を考えて寝てやろう。家族揃って旅行に行く想像とか、敬一郎を殴り倒す空想とか… えーと…。

… 宮野沙也加と、デートする妄想とか…。


… … …。


いかん、違う意味で眠れなくなるではないか。


とにかく今日はゆっくり身体を休めようと決めたのだ。RPGっぽい夢の事など、一ミリも考えないで寝てやる。

…こういう事を覚悟するとかえって頭から離れないようにも思えるのだが… ええい、とにかくいい。


俺はヤケクソ気味に布団を頭に被って目を閉じた。


… … …。


緊張と興奮で眠れそうにないと思っていた意識だったが、思っていたよりずっとスムーズに、俺の頭は闇の中にとろけるように落ちていく… … …。


――― …


「… は?」


なんだ、ここは。


俺は確かに自分のベッドの中で眠ったはずだ。はっきり記憶している。


だが…。


この手はなんだ。この足はなんだ。この…。

まるで起きているように、身体の全ての感覚があるのは… どういう事だ。

自分の両手を合わせる。感覚がある。 足踏みをしてみる。地面の感覚が伝わる。 深呼吸をしてみる。空気が身体の中に入ってくる。

おかしい。おかしすぎる。これでは… 起きているのと一緒ではないか。


曖昧な感覚など微塵もない、完璧な覚醒状態。自分の意思と、五感が確かに今、この場に存在して俺は動いている。


だが目の前には昨日と同じく果てしない闇が広がるだけだ。何の音も、光もない、無の世界。


「…おいおい…。まさかこのまま朝まで過ごすとかそういう感じなのか…?」


だとしたらこんな嫌な夢があるのだろうか。いや、あってたまるか。

朝まで七時間程度。それまでこんなにはっきりした意識の中でこんな闇の中で過ごせというのか…?俺の中に恐怖が走る。


その時。


俺の眼前を、黒い小鳥が飛翔して横切った。


「あ…っ!?」


「ようこそ!夢と冒険の『夢現世界ムゲンセカイ』へ!」


小鳥の表情は読めないが、俺はそのいかにも楽しそうな声で小鳥が笑っている事に勘づく。

小鳥は羽を羽ばたかせながら俺の前で留まり、俺に語り掛けている。


「キミは選ばれた、素晴らしい『プレイヤー』だ。誇りと勇気をもって、冒険の世界へ飛び込むといい」


「…マジか…」


結局、昨日の夢の続きを見る事になるのか。まあ…暗闇の中で朝まで彷徨うよりはマシか。俺は覚悟を決めて頭を掻いた。


「オッケー。えーと、今日から、その、ゲームの夢がはじまるんだっけ?」


「もはやキミの見る夢は、夢であって夢ではない。夢と現実が交差し、絡み合う…だからこの世界は『夢現世界』と呼ばせてもらおう」


「はあ…」


鳥は俺の反応など関係なしに話を続けた。


「キミのこの世界での目的… それは、この世界の人間を滅ぼさんとする『魔王』の討伐だ」


「また随分ベタな…」


「キミはレベルを上げ、強力な武器を手に入れ、信頼できる仲間と出あい…魔王との最終決戦へ挑むんだ」

「しかし、それが全てではない。広大な夢現世界を旅し、人々に触れ、会話をし…自由に生きるもよし、恋愛するもよし、戦うもよし」


「おお…」


自由度も結構あるという事か。それならまあ、夢の中で疲れないでも済みそうだな。気ままに過ごすのもありというワケだ。


「それでは早速… キミ達を、キミ達が初めに暮らす、始まりの街の、あるべき場所へ招待するとしよう」


「…キミ『達』?」


鳥の言葉が少し気になったが、俺はそのまま話を聞き続けた。


鳥は翼を大きく広げる。その身体が俄かに光を放ちはじめたかと思うと、その光はみるみるうちに大きくなり、闇の世界を照らしていく。


「うおっ…!?」


俺はその眩しさに思わず目を閉じる。


鳥の声だけが、耳に、いや、頭に直接聞こえてきた。


「始まりの街の名は『ムークラウド』」


「そして忘れないで。 ボクの名前は… 『イシエル』」


俺の身体は、水中に漂うように浮き、沈み… そして消えていくような感覚を捉えた。

感じたと同時に…俺の意識も、どこか遠くへと飛ばされるようだった。


――― …

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る