二話『さいしょの せんたく』
――― …
夢を見た。
いつも通り、ここ最近見る奇妙なほど鮮明な夢。
だが、いつものものとは少し様子が違っていた。
ここ最近見る夢といえば、唐突に草原の中に放り出されて魔物と戦ったり、中世の街の中をあてもなく歩くといった唐突な内容ばかりだった。
しかし、今日の夢は…
どこまでも続く、暗闇。
上も、下も。横を向いても、後ろを向いても。そのどこまでも、漆黒の闇が広がっている。
まるでそれは…自分が死んだ後のような、そんな世界。
大声を出して助けを呼ぼうと息を吸い込んだ時。俺は、自分の右手首にとまっている何かの生物に気付く。
「… … … 鳥?」
それは、見る限りでは鳥だった。
暗闇に紛れるような黒の翼と黒の身体が印象的な、鳥。
いつの間にこの鳥は俺の手に…って、そんな事を考えるのも野暮な話か。これは夢なんだから。
そして更に奇妙な事に、その鳥は嘴を開けて俺に… 語り掛け始めた。
「やあ、マコト」
「うわ、喋るのかお前」
「まぁボクが喋れないとキミは何も理解できないからね」
鳥の表情は読めないが、きっと悠長に微笑んでいるのだろう。甲高い、男とも女とも聞こえる声色には余裕と嘲笑の色が見えた。
「どうだったかな、この一週間の『体験期間』は」
「体験期間?」
鳥は俺の顔をじっと見ながら、俺の手から離れる。そのままパタパタと俺の周りを優雅に飛び回り始め、語り続ける。
「素晴らしい体験だっただろう?どこまでも続く草原の地平線、活気溢れる街、魔物との死闘、人との触れ合い… どれも現実のキミには見れないし、体験できない事だ」
「…随分お節介な夢だな。もっと現実を頑張って生きろとでも言うつもりか?」
「アハハ、卑屈なんだね、真は。…キミのような『プレイヤー』がいてくれるのも『マスター』は興味深く見てくれる事だろう」
「おい、俺の夢なんだろ。もっと俺に分かりやすく説明しろ」
「アハハハハハハハハハハハハハハハ」
鳥は甲高く笑いながら俺の周りを気の済むまで飛び続ける。
しばらくそうした後、疲れたのか俺の肩に移り、じっと前を見つめる。
「説明はするさ。後々、嫌でもね。 それより、マコト。キミにしてほしい事がある」
「してほしい事?」
「体験期間はもう終わり。いよいよ明日から…『ゲーム』が始まるのさ」
「…ゲーム?」
「そう、ゲーム」
鳥は俺の肩で翼を広げ、今度は威厳をもった口調で語り始めた。
「マコト、キミは選ばれた『プレイヤー』だ。仲間を… そして、この夢の世界を。さらには、現実の、すべての世界を救う、救世主となってもらいたい」
「… … …」
「この一週間の夢は、キミがこれから半分の人生を捧げると言っても過言ではない世界の『体験期間』だ。そしていよいよ明日から、ゲームが始まる」
「死と生。欲望と葛藤。仲間と裏切り。戦いと絶望。そして…見出す僅かな希望。 今までにキミがどんなゲームでも、どんな人生でも味わったことのない」
「最高の、ゲームがはじまるのさ!!」
「… ゲーム」
話が読めないが… どうやらそういう夢らしい。
しかし、明日からの夢の内容を事前に告知する夢なんてあるのか。最近の夢は変わっている… というか、こんな夢を見ている俺がおかしくなっているのか。
俺は思わず自分に呆れて笑ってしまう。
「オッケーオッケー。分かったよ、鳥。なんか面白そうだし… 明日からもまた寝不足になるみたいだな」
「飲み込みが早くて助かるよ。それで、キミには明日からのゲームに備えて一つ、決めてほしい事があるんだ」
「ほー、なんだいそれは」
鳥は、右の翼をパッと、俺の眼前に広がる暗闇に差し出した。
そこに、光が差し込む。
いや、光ではない。これは…。
ゲームの、ウインドウ? 四角い線の中に、文字が幾つか記されている。
『戦士』
『武闘家』
『魔法使い』『商人』
『盗賊』『錬金術師』『魔物使い』
『召喚士』『薬師』『踊り子』『遊び人』『狙撃手』… … …。
「これは…」
俺はそのウインドウに書かれた20ほどの単語を見てピンとくる。
「なるほど。明日から見る夢が冒険の世界のスタートなら、これは最初に選ぶジョブってわけだな」
鳥の表情は読めないが、おそらくニッコリと微笑んで俺の方を振り向いている。
「さすがマコトだ。ボクが選んだ甲斐があったというものだよ」
鳥は羽ばたいて、暗闇の天空に消えていく。俺はその姿を呆然と見上げていた。
天空から、鳥の声が聞こえる。
「さあ、もうすぐ夜が開ける。キミの最初に選ぶ道を、決めておくれ」
「え、マジか」
こういうの結構悩むタイプなんだよなぁ…。後々変えられるにしてもやっぱり最初のジョブって重要だし…。
「うううううーーーん…」
選んでおかないと流石にまずいよな…。って言っても、夢だからそんな慎重になる必要もないんだろうけれど。
ただ、夢とはいえゲームとまで言われてしまえば、真剣にならざるを得ない。どうせなら乗れるとこまで乗ってとことん楽しんでやりたい。
それが、俺の考えた夢の世界なのだとしても。
「… … … 決めた」
無難なところからいこう。
どうせ俺の夢だ。あとから好き勝手変えられるなら、まず最初はベタ、からだ。
俺は『戦士』のウインドウの前にいき、右手を差し出す。
多分このウインドウに触れれば決定されるのだろう。よし。
『戦士』の文字に触れようとした、その時…。
「ふぇ… ふぇ… ぶぇくしょぉぉぉーーーーいっ!!」
… … …
くしゃみ、て。
俺の意識は、現実へと一気に覚醒していく。
――― …
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