第1話 - 前 『公園のベンチ』

「……本当、いつもありがとうございます、山崎さん」

「いえいえ、あの時はお世話になったからぁ」


 私、真白みゆきは、隣近所の山崎さんから受け取った、タッパー入りの主菜の入った皺々しわしわのレジ袋を手にかけた。


「となりに引っ越してきたのが霊媒師と聞いた時は驚いたけど、あの時は勇気を出して頼んで良かったわぁ」


 そう言って、山崎さんは微笑んだ。



 そう。山崎さんは、ここに引っ越してきてから最初に依頼を持ってきてくれたお客さん。

 加えて言えば、引っ越して早々、近所中に不気味がられた私に、一番最初に話しかけてくれた人。

 そして、私がスーパーで買った弁当や惣菜ばかり食べているのを知ってからは、こうしておかずを分けてくれる人。

 ある意味では、一番の恩人かもしれない。


「そうは言っても、料理ぐらいは出来るようにしといた方がいいわよ。男に逃げられるわよ」

「……逃げられることには慣れてるわ」

「またまた〜、そんなこと言っちゃって。十分綺麗なんだから──」


「ママー、何してるのー?……あっ、みゆきねぇちゃん!」

 玄関に様子を見に出てきた男の子が、私を見るや否や飛びついてきた。


「コラッ! 靴くらいはきなさい!……ったくもう、ゴメンなさい、うちの子ったら……」

 そう言いながら、山崎さんは子供に靴を履かせていた。


「みゆきねぇちゃん、今回はどんな本買ってきてくれたの?」

「……買ってきてあげたばかりでしょ。二日前に」

「えー、ケチ」


 拗ねた様に外方そっぽを向きながら、頬を膨らませた。


「コラッ、ユージ! その言い方はないでしょ? 謝んなさい。何て言うの?」

「……ごめんなさい」

 山崎さんの息子が、小さく頭を下げた。


「本当ごめんなさい、うちのバカ息子が。あとでよく言って聞かせるので……」

「良いわ、子供なんてそんなもんだもん。それより次の本ね。そうね……、飛行機の本は買ったかしら?」

「ヒコーキよりもデンシャがいい!」

「……この間買ってあげなかったっけ?」

「うん。だけどデンシャがいい!」

「わかったわ。同じのを買ってこないように気をつけないと。それと、宿題は済んだの?」

「……」

 そーっと目をそらして、自然に回れ右した後奥の方へ逃げていった。


「ちゃんとやっときなさいよ! 終わるまでご飯抜きだからね!」


 山崎さんが、走っていった方に向かって叫ぶ。


「……全くもう。いつになったらあの子がしっかりした大人になるのか」


 腰に手を当てながら、鼻息混じりで呟いた。


「……それで、仕事というのは?」

「あらやだ、忘れてた。町内会の会長さんからの話で……」


 そうして、間も無く日も暮れそうな中、本日最初の仕事が入った。




「よう。……随分と楽しそうだったじゃん。姉さん」


 山崎さんと話した後、物を置きに家に帰ると、頭の上の方から声がした。


「見てたの?」

「まぁね。丁度来たとこだったし」


 そう言いながら笑う長身の男は、私の従姉弟の崇之たかゆき


「……悪いけど、今回は呼んでないわよ」

「だろうね。直ぐそこの公園らしいからね。……ま、そこまで迷子にならずに行けるかが問題な気はするけど」

「……ふざけてるの?」


 むすっとした声で返すと、崇之はケタケタと笑った。それを無視して、私は台所の方に向かう。崇之曰く、「相変わらずすっからかんな」冷蔵庫の中に、タッパーを袋ごと入れる。


「おや、またもらってきたんか? 料理くらい頼めばやってあげるのに。やってください──、って」

「……結構よ」

「全く、素直じゃないな、相変わらず。いや、待てよ。素直になったらなったで、それは気持ち悪いかも」

「……うっさい」


 いつの間にか、ソファーの上でスマホを弄っている崇之をほっといて、リビングを出た。


「んじゃ、終わったら帰ってくるから」

「りょーかい」


 いつもの日傘と、ぬいぐるみしか入っていない旅行カバンを持って、そのまま家を出た。

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