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 荒涼たる光景だった。

 食料を探しているうちにたどり着いた、建物やコンテナが乱雑に立ち並んでいる区画。塗装は剥げ落ち、ところどころ頑丈そうな鉄骨がむき出しになっている。

 打ち上げ台らしきものがあったので、月面連絡船の発着場だとわかった。その中でも一番大きく立派な建物に足を踏み入れてみると、あちこち錆びたり壊れたりはしているものの、風雨を凌ぐにはぴったりに思えた。

 実際、ここは思った以上に過ごしやすかった。何もなければこれからも住み続けていただろうと思う。


 ここに辿り着いてから数日は、施設の探索に費やした。発着場だけあって実に広い。ロビーやホールは広すぎて使えないが、他の小部屋はいろいろと使い道がありそうだった。また、倉庫のような場所を漁っていたら大量の宇宙食が手に入った。かなり長持ちするだろう。他にもいろいろなものが手付かずのまま残っていて、とてもありがたかった。

 使えそうなものをより分けているとき、この小さなノートとペンを見つけた。


 とりあえず集めた食料を保管しておく部屋と、寝泊りする部屋を決めた。

 あまり無駄な体力を使わないほうがいいのかもしれないが、体を動かしていれば余計なことを考えずに済む。部屋を決めたら、集めた食料を運び込んだ。これがまた重労働だ。腐らない食べ物というのはどうしても缶詰やレトルトパックになり、一つ一つがなかなかに重い。それに嵩張る。運ぶのが大変で仕方ない。


 一通りの生活環境を整えたところで、コンテナを調べ始めた。月へ輸送するはずだった貨物が入っている。実にたくさんの食料(月では手に入らないもの)や衣服、手紙が見つかった。

 別のコンテナの中には月面通信ポッドが落ちていた。おれの体格と同じくらいのサイズの円筒。これは、手紙や貴重品を入れて打ち上げれば四日ほどで月まで届けてくれるというものだ。燃料補給の手間とロストの危険性はあるが、定期便を待たずに物品のやり取りができるというのでかなりの人気を誇っていた。


 そういえば、月には誰か生き残っているのだろうか。

 そんな疑問が頭に浮かんだのは、このときだった。連絡船は月に行ったまま戻ってこない。通信網はとっくに壊滅している。向こうも絶滅していると考えるのが妥当だろう。とはいえ、月面基地に誰か生き残っている可能性もゼロではないはずだ。限りなくゼロに近い数字ではあるけれど。


 地球で猛威を振るった新型ウイルスは、潜伏期間が長いくせに発症したら一日以内に死に至るという非常にいやらしい性質のものだったらしい。昔は人類が地球のあちこちに点在していたらしいが、今のように超大都市群ギガロポリスに人口が密集していては感染を防げるはずもない。おれ以外はバタバタと死んでいった。

 しかし、宇宙に出ればウイルスの活動も弱まるのではないだろうか。ひょっとしたら、まだ月には誰かが生き残っていて……そんな馬鹿げた妄想が、日を追うごとに強まっていった。


 ある日、おれはとうとう手紙を書いてしまった。『月にいる誰かへ』と題したその手紙は通信ポッドに詰めて打ち上げた。簡単だった。燃料を確認して、手紙を入れて、スイッチを押して素早くその場を離れるだけ。手紙を載せたポッドは小さな光とともに空へと消えていった。

 これを月に送ったとして、誰かが見つけてくれる保証はない。そもそも月に誰かがいる保証だってない。返事が来ることなんて、ありえないだろうと思っていた。それでもいい。何かに期待してないと、やってられない。

 そもそもおれだけがこうして生き残っているのも、いわば奇跡のようなものだ。それならもう一回ぐらい奇跡が起こったっておかしくはない。そうじゃないか?


 正直、期待しているわけではなかった。心のどこかでは、返事が来なくてもいいとさえ思っていたかもしれない。なのに、これはどういうことだろうか。自分の目が信じられなかった。

 ポッドだ。ポッドが帰ってきた。朝起きたら、おれがポッドを飛ばした場所に戻ってきていたのだ。

 中には手紙が入っていた。

 言葉が出なかった。

 冗談だろう。夢か。幻覚か。とうとうおれは狂ってしまったのか。

 開けてみると、便箋にはきれいに整った字が並んでいた。

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