ウミガメのスープを1杯どうぞ。

巽 彼方

第1問 ウミガメのスープ


 ある日の放課後。




 現在俺、金山かなやま 達也たつやは放送部の部室としても使われている放送室にいる。

 特にやることも無く暇を持て余していると、喋っていなくても動きから既にうるさい部員の鶴舞つるま 瑠美るみが突然大きく手を上げた。


「ねぇねぇ! ウミガメのスープってみんな知ってる?」


「ウミガメ? カメって食えんの?」


 そんな俺の疑問に、向かい側に座って静かに本を読んでいた倉本くらもと りんが顔を上げ反応する。


「食用のカメと言えばスッポンが有名だけれど、そのことかしら鶴舞さん?」


「ちーがーうー!! 食べ物じゃなーい!」


「食べ物じゃないってお前スープって言ったじゃん」


 鶴舞の言う意味が分からず呆れていると、隣に座って宿題をしている“なかつ”こと中津川なかつがわ 良介りょうすけが答えた。


「ウミガメのスープって言うのは、水平思考ゲームと呼ばれる推理ゲームの一種だよ! 出題者に質問をしていくことで正解へたどり着く、過程が面白いゲームだね」


 なるほど。

 なかつが好きそうなゲームだな。

 で、そのゲームがどうした鶴舞?


「なかつくんも知ってるんだね。じゃあ話は早い! みんなやろぉー!!」


「いや、ルール分かんないし」


「ルールは簡単だよ! 私が問題出すからみんなは質問して考えるの!分かった?」


 いやいや、全然分かんないんですけど。

 今の説明で分かる奴いんの!?


 倉本も俺と同じように首を捻って難しそうな顔をして言った。


「もう少し詳しくルールの説明をしてくれないかしら? 鶴舞さん」


「もっと詳しくかー。 ええっと……」


「説明難しいなら僕からしようか?」


 説明の仕方に困っていた鶴舞に助け船を出すのはなかつだ。


「うん! なかつくんお願い!」


「OK。 まず問題を出す出題者と、その問いに答える解答者に分かれるんだ。 そして出題者は問題を出す。 普通のクイズならここで解答者は解答を考えて答えるよね? だけど水平思考ゲームは違う。 水平思考ゲームの問題は、問題文だけじゃ答えを導くための情報が足りないんだ」


「情報が足りないってどういうことだよ?」


 するとなかつは指を立て得意気に話し出す。きっとここからがそのゲームの肝になるポイントなのだろう。


「例えば、昨日の俺の夜ご飯は何だったでしょう? って問題があったとして達也答えられる?」


「いや、分かんねぇーよ。 そもそもなかつの晩飯に興味ない」


「だろ?これが情報が足りないってことさ」


「それなら解答者はどうすればいいのかしら?」


 倉本がなかつに質問をすると、今までなかつに任せて黙っていた鶴舞が急に入ってきた。


「そこで! 質問するんだよぉー!」


「その質問と言われても、どんな質問をすればいいのかしら?」


「基本的にどんな質問でも構わないさ。 ただし質問は“YES”または“NO”で答えられるものにすること。 出題者は、YES、NO、それはいい質問だね!くらいしか答えられないからだよ」


「へぇー! そうなんだ!!」


 なぜか鶴舞が感心している。


「何でお前が感心してるんだよ」


「いやさー。私も今日の授業中にウミガメのスープを知ってさ、詳しいルールは全然知らなかったんだよー!」


 ルールをちゃんと把握していないのに出題者側になろうとしていたのか?

 勢いで物事を始める所、実に鶴舞らしい。




「ちょっといいかしら鶴舞さん。 今あなたに知ったと言ったけれど、どういうことかしら?」


 倉本が真剣な眼差しで鶴舞の顔を見て問いかける。


 その顔怖いです。


 鶴舞の顔を見ると、そこに突っ込まれるとは思ってもいなかったのだろうか、少し申し訳なさそうにどこか遠くを見てごにょごにょ呟いた。


「それは……ちょっと日本史の授業がー……つまらなくてー……スマホで何か面白いこと─」


「授業を聞かずにスマホを見ていたのね」


 倉本は先ほどの真剣な眼差しとは変わって諦めたように視線を落とし、鶴舞の言い訳を切り捨てた。


「えへへ…………ごめんなさい」


 すると倉本は落とした視線をすぐに上げ語気を強め問いただす。


「私に謝っても仕方ないわ。 話を聞いてなくて困るのはあなたなのよ」




 これ以上空気が重くなるのを避けたかったのか、なかつが2人に割って入った。


「まあまあ倉もっちゃんそれくらいにしよう。 瑠美ちゃんも反省してるようだしさ」


「…………そうね。 私も怒るつもりは無かったのだけれど、ちょっと言い方が悪かったわね」


「そうそう! 今はウミガメのスープやろ」


 なかつが普段より一際明るく振る舞うと、一瞬にして重かったムードは払拭された。

 なかつのこの空気を変える力、ムードメーカーとでも言うべきか、そういう力には目を見張るものがある。






「じゃあ最初はウミガメのスープと呼ばれる所以ゆえんでもあるこの問題にしよう!」


「はい! お願いしまぁーす!!」


「お前いつの間に解答者側になったんだよ」


「いやさー。私よりもなかつ君の方が詳しいようだし、何より私問題考える方がいい!」


 まぁなかつが出題者の方が上手くゲームが回るだろう。 特に問題はない。


「それじゃあ中津川くんお願い」


「うん。 その前にこの問題おそらく解答にたどり着くのに結構時間がかかるから、制限時間を20分と決めてやろうと思う。 最初はこのゲームの雰囲気を理解してもらうのが目的だし、長すぎるとだれるからね」


「ええ。 分かったわ」


「それでは第1問!

 ある男が、とある海の見えるレストランで「ウミガメのスープ」を注文しました。しかし彼はそのスープを一口飲んだところで止め、シェフを呼びました。その男は「すみません。これは本当にウミガメのスープですか?」とシェフに訪ねると、シェフは「はい……ウミガメのスープに間違いございません」と答えました。その後男は勘定を済ませ帰宅した後、自殺をしました。なぜでしょう?」




 えっと、どんな質問をすればいいんだ?


 クイズや謎解きと言われると、問題を出されたらその問題文から答えを考える流れが自然と身に付いているからなのだろうか、質問よりも答えを考えてしまう。


 なぜか1人ニコニコしていた鶴舞が答えた。


「私はその問題の答え知ってるから黙ってるねー!」


 だからニコニコしていたのか。

 すぐに顔に出る分かりやすい奴だな。


「それでは早速質問だけれど、シェフは嘘をついていますか?」


「NO。 嘘はついてないよ」


「それなら、ある男がレストランで食べたスープはウミガメの入ったスープで間違いないということね」


「うん、 そうそう! そういう感じで進めていけばいいよ! 達也は何か質問ある?」


「え? そうだな……そのスープに毒が入ってた、とか?」


 するとなかつは待ってましたとでも言わんばかりに笑って答えた。


「NO。 達也その質問絶対してくると思った」


「毒入りのスープ飲んで死んだという安直な考え方が俺らしいってか?」


「うん! 達也らしい。問題ちゃんと聞いてた? 男は自殺だよ」


 そんな2人の会話を聞いて、笑いに堪えきれず体を震わせている鶴舞の姿が目に入る。


「あーそうかよ。 俺は話聞いてませんでしたよー」


「達也ねるなよ。 問題文の確認もこのゲーム結構重要なことだからさ」


「質問に戻るけど、ある男は以前にウミガメのスープを食べたことあるのかしら?」


 俺らの絡みには全く反応もせず質問をする倉本。


「うーん。 いい質問だね。 これはNOなんだけどちょっとヒントを言うと、ある男は食べたことがあると思ってた」


「思ってた? 男は騙されていたのか?」


「YES。 そのようだね」


 ある男はウミガメのスープだと騙された何かを以前食べていて、レストランで本物のスープを食べたときにそれとは違うことに気づいたのか。


 とはいえ、これがどう自殺に繋がるんだ?






 その後しばらく俺と倉本はいくつか質問をするが、なかなか答えにはたどり着けない。

 そんな俺らを見てか、なかつはヒントをくれた。


「男は騙されてでも食べ物を食べないといけない状態だったんだ。 そのような状態ってどんなことが考えられるかな?」


「そうね……。 ある男が苦手な食べ物しかその場所には無かったとかかしら?」


「その質問ならNOかな」


「それなら、苦手な食べ物の栄養が必要な状態だった?」


「NOだね。 苦手な食べ物から離れようか」


「男は物を食べること自体拒否していた?」


「NO」


 倉本の質問にことごとくNOと答えるなかつ。そんな2人のやりとりを見てた俺は、ふとあることを思い付いた。


「その場に食べ物は無かったのか?」


「うーん。 YESだね」


「食べ物が無かったのなら、ある男は騙されて食べさせられたことと辻褄つじつまが合わなくなるわ。 金山くん」


 倉本が言いたいことは分かる。

 だが、そうじゃない。

 俺が今考えていることがもし当たっているとするならば、おそらく次の質問になかつはもう1度YESと答えるだろう。


「なかつ」


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