▲9七南蛮《なんばん》

「残り……30秒を切ったようだが?」


 仲間を呑気に振り返っていた僕に、少し苛立った口調で先女郷サキオナゴウがそう告げて来る。が、


「『盤上ここにある駒で』と言ったのは、『香を落とした』って意味じゃあないんだ」


 構わずそう淡々と続ける僕に、先女郷は最早、不機嫌さ/怪訝さを隠そうともしなくなった。どうした? 世迷言を言ってると思うか?


 まあ、ある意味、意味不明かも知れない。


「……この『特殊な駒』で指す、そのことの了承を得たかったんだ。そしてお前は承諾の意の代わりに、対局時計を開始させた」


 5四の金を摘まみ上げる僕。そして、特殊? とまだ把握できていない先女郷の目の前、その玉頭に、中空で駒を返すと、叩きつけた。


「……5三金『なり』」


「……!!」


 指した瞬間、僕の背後の仲間たち(先輩以外)にも衝撃が走った。


 それだけ、埒外だったんだろう。対する先女郷も僕が突きつけた駒を凝視し固まっている。


 掟破りの「金成り」。成った先は勿論、


「……いいねぇ、鵜飼くん。やはり最後の決め手は第六の戦士こと、この私、『金飛車きんびしゃ』だったというわけだ。実に素晴らしい」


 ……飛車だ。


 波浪田ハロダ先輩のモチーフこと、「金飛車」。「金」が成ると「素飛車」になる「特殊な駒」。これを仕込んでおいた。


 これにより、玉は5一に下がることが出来なくなった。よって詰み。僕らの、人類の勝利だ。


 と、突如、


「……がッ……こんな……ものがぁ、認められるかぁぁぁぁっッツ!!」


 血相を変えそう吠える先女郷。まあ、そのリアクションも想定の範囲内だよ。


「……承諾は一応取ったんだけどな」


 僕の気持ちは凪いでいる。先女郷、言葉づらではそう言っているが、お前は、精神の奥底の、根っこのところでは負けを認めている。自分の見落としを悔いている。


 ……それは、もう負けってことさ。


「……馬鹿がぁぁぁッ!! こんな対局はッ、無効!! 無効だァァアアアアアッ!!」


 先女郷の顔が醜く歪む。まあね。けどそうだよね。しょうがない。最後の最後は、「オマジュネイション」全開で。


 ……屠ってやるよ。僕の視界のそのただ前で、


 <アアアアアアッ!!>


 先女郷の身体が不気味に蠢き、次の瞬間、


 <殺ス……ッ!! 貴様ラ全員、粉々ニ砕イテヤル……ッ!!>


 人ならざる姿、五角形の将棋駒が秩序無く連結したかのような、生物なのかも計り知れない姿かたちに変貌を遂げていた。ひと目、「怪人」って感じだな。そのまま、めり込んでいた体を抜いて、前かがみの姿勢で荒い呼吸をしている。


 うん、お前もオマジュの力に引き寄せられているのかも。よーしよしよし。ならば……


「ショウギゲルゲっ!! お前を……最終奥義にて、成敗してやるっ!!」


 高らかに言い放つ僕。そのまま脱ぎ捨て置かれていたヘルメットを掴み上げると、後ろで待機していた沖島オキシマに向かってそれを投げ放った。そして、


「ピンクっ!! 『ダイショウギレンジャー=ハリケーン』だッ!!」


 もはや異次元に過ぎる技名を告げるとそれでも、オッケーという全てを把握したかのような沖島の声が返って来るわけで。世代じゃないけど、繋がる感覚……僕らは今、全能に近い空気の中にいる。

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