▲9三香象《こうぞう》
対局は静寂の中、粛々と進められている。
時折、僕と
のっぴきならない最終戦であることは重々認識しているものの、僕は何か、この時間空間に優しく抱かれているような、そんな癒しのようなものも感じていた。何故かはわからないが。将棋でしか共有できないような、そんな得体の知れない感覚。
幼い頃のことを、何故か思い出していた。僕がまだ、将棋に大した理由もないままに、ただただ指すことに楽しさだけを見出していた頃のことを。
将棋を愛していた自分。将棋に愛されていた自分。
いや、多分今も愛されてはいる。でなければ、こんな生き死にを迫られた極限の対局にあって、
……自然と口許が緩みそうになるのを、堪えなくてはならないなんてありえないはずだからだ。
そして、
香落ちというハンデを負いながらも、僕は、自分の許に寄せられる「最大支持」の良手を紡いでいき、徐々に互角のところまで持ち直していた。「地球人」のみなさんは、やはり凄い。将棋至上のこの国、この世界。それをやはり舐めてもらっちゃあ困る。
「……」
先女郷にも、僕、いや「僕ら」の棋力が分かってきたのだろう。とてもド素人と指しているような佇まいには見えない。
盤面に没我している様子は、黒星先行で七番勝負の土壇場に立たされた、かつての棋界の第一人者の迫力が漲っているように見えた。純粋に勝負にのめり込んでいる。
きっとこいつも将棋に魅せられた一人に違いない。
対局に集中しすぎで他がおろそかになっているのか、化物然とした、駒たちが連なり重なって構成されている巨大な「ボディ」が、ちょうど頭頂部あたりだろうか、ぱらぱらと鱗が剥がれるかのように、一枚一枚、支えを失ったかのように外に向けて落ちていっている。
だが先女郷にそれを気にする様子も見えない。ただただ、最善手を探し盤面を睨み続けている。そして、自信に満ち溢れた手つきで着手をただ行っている。
5mくらいの高さの「天蓋」が割れ開かれ、そこから青空が覗いていた。先女郷が一手さすごとくらいに天井や壁の崩壊は進んでいき、いつしか僕らは、新宿の上空30mくらいに浮いた所で、縁台将棋のような開放感を感じながら指し進めていた。
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