▲6二犬《いぬ》

 倒せども、倒せども、敵の数は減らじ。


 対局開始から30分は経っているんじゃないか? そろそろ僕らの息も荒くなり、動きも鈍くなって来ている。そんな中、


「……もしかして、倒された仲間の破片を吸収することで、自らの体を大きくしていって……いませんか?」


 思わずナヤさんが素に戻って述べてしまうほどの、衝撃的な事実が告げられたわけで。


 確かに、「奴ら」の元々でかかった五角形のボディは、今、さらに巨大さを増しているように見える。最小の「歩」ですら二階建ての建物くらいはあるんじゃないか? そして倒しても倒してもその背後から新しいのが、より大きな体躯を持ってにじり出て来る。これは本当に……キリが無い。いや、どころかジリ貧なんじゃ……


「……」


 最前線でずっと気張って闘ってくれていたミロカさんも、遠目でも肩で息をしてるのが分かる。いくら摩訶不思議なパワーにより強化されているとは言え、中身は生身の人間だ。疲れもするし、終わりの見えなさに絶望もする。


 歪んだ「九×九」の盤上には、我々が6人と、敵駒がぱっと数えて40余り。倒していくこと自体は問題は無いが、体力の方が限界だ。退却とか……出来ないのか?


「……盤上の『王様』を倒せば終局となるが……そいつがまだ姿すら見せていない」


 波浪田ハロダ先輩も流石に普段のちゃらんぽらんな居住まいは引っ込め、苦渋のつぶやきを漏らしている。その言葉通り、今まで数百は沸いて出て来た「駒」たちの中に、敵将、「玉」だけは姿を現していない。今までには無かったことだ。意図的……いや、でも「誰」の意図だって話だが。


「……盤上全部の駒を全て倒しきれば……あるいは」


 沖島オキシマの推察はしかし、向こうの超絶「補充」能力があるから、実現は困難だ。疲れ切ったこの身体では、二呼吸の間くらいに、一体を倒しきるのがやっと。その隙に、奴らの背後に口を開けた、時空の裂け目みたいなところから新しい奴が現れ出て来る。今までよりも一回り大きなボディとなって。


 じゃあその「裂け目」に突っ込んで「玉」の首を上げれば……? 僕の提案に、なるほどええんちゃう? と褒めてくれたフウカさん他、疲れ切った様子の一同も賛同してくれる。が、


「だが……もう突入するだけの力が無い」


 ミロカさんは冷静だ。冷静に、この「作戦」が机上のものであることを指摘してきてくれる。でも、それ以外に手は無いはず。ならば……


「僕が行きます」


 自然とそう口をついて出ていた。そう、非常に分の悪い賭けだが、勝算がゼロではない「方法」が僕にはある。


「あんただって限界でしょ!? ……中途半端に突っ込んでも犬死にしかならない」


 ミロカさんは一瞬、感情を滲ませつつも、やはり冷静な指摘だ。だが……


「……」


「!! ……ちょっと、モリくん!?」


 沖島が悲鳴のような声を上げたのは、僕が自発的に「変身」を解いたからだ。この局面での解除……自殺行為に見えたかも知れない。あるいは、そうなのかも知れないが。微かな光と共に、僕の全身を覆っていたスーツは、丹田辺りに位置していた五角形の黒い「ダイショウギ×チェンジャー」へと収納されていった。


「大丈夫。今こそ……我が封印されし力を解放する時……」


 改造学ラン姿に戻った僕は、おもむろにその上着を脱ぎ捨てる。ドシャ、みたいな鈍い音を立てて、その15kgの重さを誇るオーダーメイドが、盤上に落とされた。続いて両手首の10kgずつのリストバンドもその上に投げ落とす。


 身に着けた赤のタンクトップを上から締め付けるようにして、バネの集合体……「大棋士養成ギプス」が上半身を覆っていたが、これも外す。重力が、半分以下になったような感覚。いける。


「……中途半端には突っ込まない。玉は最奥。ならばそこまで身一つで駆け抜けるだけ」


 決まった。僕の果敢かつ勇猛な決意の言葉に、傍らの四女子が貫かれた(ように感じた)。


 だがしかし。


 <おおーい、待つのだ鵜飼ウガイくぅぅん、そんなことよりも、もっとうまい手があるぞよぉぉ……ぞよぉぉ……ぞよぉぉ>


 いきなり間の抜けた声が、無駄なエコーを伴って響いた。僕の「チェンジャー」からだ。博士……これそんな通信機能みたいなのあったっけ? 初めて知った。いやそれよりも「そんなこと」とは何だ!!

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