△5八副将《ふくしょう》

 「裂け目」を潜った僕は、今回はゼラチン質のハンマーでこめかみをぶん殴られるような感触を覚えた。何だろう、毎回違う感覚に襲われるが。とにかく切り替わりの合図のようなものを受けて、僕の緊張と昂揚は高まっていく。


 暗転と広がりを同時に感じた空間は、もはや慣れ親しんだ、宇宙空間のように星々が散らばる「スペース」だ。だが、いつもなら整然と「枡目」として盤面を形成する白いレーザービームのような「白線」が、くしゃくしゃにされた紙テープのように、無秩序に張り巡らされている光景が、そこにはあった。


 まるで蜘蛛の巣……だがそこに待ち構えていたのは、八本脚の捕食者ではなく、黒い金属質の五角形のボディを暗黒に溶け込ませた、「駒」たちの大軍だった。


「何これ……」


 思わず出た声は驚きと恐怖を孕んでいるかのように聞こえた。上空から無重力の中を浮遊するような感覚があってから、僕ら6人は「白線」がうねる「盤面」に降り立つ。いつもは完全な平面であるゆえ、今の整地されていないガタガタのフィールドにしばし戸惑う。


 しかし変化としては、それは生易しい方だった。近づくにつれて分かったが、「敵」の大きさが今までと明らかに違う。先ほど「現世」に這いずり出ようとしていた「歩兵」も4~5mの体長はありそうだったが、いま、対峙しているやつらもそれくらいか、あるいは「大駒」らに至ってはその名の通り、それ以上のうすらでかさを持って、狭く感じる盤上にひしめいている。


 いつもなら「本将棋」を忠実になぞるかのように、20枚が整然と並んでいるのがデフォルトなのに、今は雑然とただ群れているといった感じだ。駒数もおかしい。20の倍は……いるんじゃあないか?


「……ミロカの感じていた『異状』……この上もないかたちで示されてまったなぁ。これがこいつらの『本気』? それとも『暴走』なんか?」


 緑のスーツに包まれたフウカさんが腕組みしながらそう評すが、そんな余裕は無さそうだ。「対局」のルールとか諸々は、もう遵守されそうな気配は無い。僕らの姿を認めた途端、黒い巨大な「駒」たちは、一斉にこちらに向けて進軍を開始していた。壁が迫ってくるかのような圧迫感に一瞬気圧されてしまうものの、


「……」


 紅い光弾が僕の背後からばら撒かれるようにして発射され、敵の最前線を張る「駒」らに平等に撃ち込まれていくのが見えた。わらわらと蠢く、その動きが一瞬止まる。


「何にせよ疑問が解消された。ならば良しだ。相手玉はまだ見えないが関係ない。『全駒』で行くぞ。遅れを取るな」


 後ろをちら見すると、銃器を構えたままのミロカさんから、そんな言葉が響いてきた。重く冷静な言葉は、こういった状況の時こそ響く。「全駒」とは相手の駒を全て取り切って玉を丸裸にして嬲るという、正直褒められた行為ではないのだが、相手が相手。


 ……存分に狩ってやる。

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