▲3三飛鹿《ひろく》

 僕の体が赤い光に包まれたと思った瞬間、何か得体の知れない、硬いゼラチンの板みたいなものが、自分の胸を貫いて通過したような、奇妙な感触を知覚する。


 目の前が暗転するやいなや、えらい勢いの青白いレーザービームのような細い光が真っ暗な視界の中を縦横に走っていった。それらは正確に直角に交わると、見慣れた「九×九」の枡目、盤面を形成していく。


 先ほどから言われていたように、その大きさは多分「38メートル×35メートル」の長方形なのだろう。ワイヤーのように張られた光の線で形作られた「将棋盤」が、空中に浮遊している僕らの足元に出来上がる。


 周囲は、暗黒空間に大小さまざまな星を散らしたかのような、まるで宇宙だ。


 僕の脳がいい感じにキマって、こんな現実離れした像を脳内に結んでいるのか、それともやはりこれは「現実」なのか、僕の一コ手前の頭では理解することは出来なかった。


「……やるやん」


 僕の左前方で、張り出した双球の下でしなやかな腕を組みつつ浮いていたフウカさんが、そう白い歯を見せる。その柔らかな質感を持つふたつの魅惑的物体は、低重力の干渉を受けてなのか、ふよふよと自らの意思を持って揺らめいているようにも見える。ぐああッ、脈動がァッ!!


 周囲を見渡すと、その何もないが故に「黒い」空間に、僕ら3人の他には、先ほど僕の身柄を確保しようとしていた制服組の方たち4名が、驚愕の表情で浮いているだけだった。良かった、子供たちを巻き込むことが無くて。しかし、


 フウカさんの奥面には、腰に両拳を当てた姿勢のまま漂う、全身から猛り狂う炎のような怒気が発せられているミロカさんが、こちらを物凄い眼力で射抜こうとしているけれど。


 少し、強くはたき過ぎただろうか。美麗な顔の左頬が少し赤くなっているのを視認し、この「対局」が無事に終わっても無事では済まされないだろうな的、諦観が僕を襲う。


 だが、それならば。


 ここは一発、やぶれかぶれの全力でやらせてもらう。ここ一番の、全力で。


「……ダイショウギレンジャー……レッド獅子っ!!」


 自分に気合いを入れるため、空中で雄叫び一発、不安定な体勢でキメポーズを取ってみる。全身を包む赤いスーツに、胴部には黒い金属質の「防弾ベスト」のようなアーマー。やはりこれを装着するとテンションが二割は増す。


「……後で話がある。こんなザコ戦は……最短手数で詰ますわよ」


 戦意あるいは殺意がどうも僕側の方に向けられていそうなミロカさんが、黒い印籠サイズの将棋駒こと、「ダイショウギ×チェンジャー」を胸の前に翳す。そこに刻まれた文字は「鳳凰」。その文字は、紅蓮の炎が如く燃え盛っているのであった。


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