▲3一飛牛《ひぎゅう》


「こ、子供たちがいますっ!!」


 僕は池の方角を指さし、二人の美麗少女に注意を促す。しかし、


「ああ……頭数としては充分だ。囮か陽動には使える」


 予想外に飛んで来たのは、ミロカさんのそんな冷徹な声だった。目つきも鋭くはなっているものの、あまりそこには感情は見受けられなかった。


 え? 言葉遣いも何か軍人のような厳しく重いものに変わっているが。


 ふ、フウカさんっ、と競泳水着少女に向き直り、僕は抗議するようにそう告げるものの、


「あ、まあーしゃあないちゃうん? 『対局』に勝ちさえすれば相手の持ち駒になった『人質』も返ってくることやし、『八枚落ち』とかでやるよりもええやろ?」


 そんな……馬鹿な。まだちっちゃい、幼子ですよ?


 僕の脳裏に、嘉敷博士に見せられた端末の画面の中で、胸を鉄骨のような『腕』で貫かれていた女子高生の姿が甦る。


「そんなことより、そろそろ『変身』しておけ。『SGフィールド』に引きずり込まれてからでは余分な『一手』がかかってしまうからな」


 言いつつ腰に巻いていたポシェットバッグらしき所から、黒い金属的な質感の手の平サイズの「将棋駒」を取り出すミロカさんだけど。だけど。


「ま、待ってくださいっ!! あの子らを避難させましょうっ!! 巻き込んじゃあ駄目だ!!」


 何とかして、この場から離すんだ! 危険で怖い目に、わざわざ合わせる必要はないっ。そう必死で言い募る僕だったが、その刹那、左脇腹に鈍痛が走る。


「……変身しろと言った。現場では私が指令を出す。それには迅速に正確に従ってもらうぞ」


 ミロカさんの右爪先が僕の脇腹にめり込んでいた。素立ちからよくそんな重い蹴りが出せるな。そしてまたその実験動物を見る目かよ。でも意味合いが、さっき僕に向けられていた時とは全然違う。


 ……全然違うぞっ。


「!!」


 次の瞬間、僕の右掌は、ミロカさんの美しく整った顔をはたいて、振り抜いていた。わーおー、みたいな声をその横のフウカさんが上げるものの、もうこの美麗少女たちに好かれること、それは諦めた。それよりも、


「『八枚落ち』だろうが何だろうが、そんなこと関係ないぞ……関係ないっ!! それより……それよりもっ!! いたいけな子供たちを盾にするような真似をしようとする者をっ!!」


 時間が無い。僕は改造学生服の上着の襟ぐりを引っ張って頭頂部に引っかけながら、土を蹴って池の方向へと走り始める。


「……僕は断じて『ヒーロー』とは呼ばないっっっっ!!」


 何あれ、と僕に気付いて指差してくる幼稚園児たちの姿が迫ってくるや、僕は白目を剥いて気味の悪いしゃくれ顔にシフトしながら、走り方もガニ股で前に垂らした腕を左右に小刻みに振るといった、得体のしれない化物に変容していく。


 ……まあこのザマも断じてヒーローでは無いが。


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