▲2八鯨鯢《けいげい》
「ぼけっとしてんじゃないわよっ!!」
教科書に載っていそうなほどの定型ツンと共に、そっちの方は規格外だった威力の左中段蹴りが、僕の無防備だった右脇腹に吸い込まれる。
顔面の引き攣りが、逆に笑顔に見えるほどになるくらいの衝撃。えっぺんどるふ、みたいな叫びが口から漏れてしまうが、バネ、バネを間に挟んでるから痛いっ。
「はよ行かな、『二十名』の内に入り込めんからなぁ。ま、実戦慣れするには頃合いの相手やと思うで。だいじょぉぶや。私らがキミをしっかりサポートしたるさかい、気ぃ張らんと楽にいこ」
一方でフウカさんは優しく僕の背中に指を滑らせて刺激してくるわけで。も、もうこうなったら行くしかない。行くしかないんだっ。
「……」
分かりやす過ぎるアメとムチだったが、どちらも御褒美としてやる気へと転化させることが可能なハイブリッドな僕は、二つ並んで弾む魅力的な桃のような物体を、夢遊病者のように、あうあうと追いかけていく。背後から嘉敷博士が何事かを叫んだようだけど、僕の耳には入らなかった。
走る。のは日常茶飯な事なので結構自信はあったのだが、前を駆ける二人の脚力も相当なものだ。マシンの間を苦も無くすり抜けると、その先に延びる通路に入ってどんどんその背中は小さくなっていってしまう。
結構長い。かなりの先までほぼ直線なので見通せるものの、200メートルくらいはあるんじゃないか? と僕は普段の鍛錬によって得られた経験則からそう導き出している。
どうやら、あの登り棒的な入り口とは異なる出入り口があるみたいだ。まあ当たり前か。ミロカさんフウカさんは髪を、ふぁすふぁす、みたいになびかせながら、行き止まりに見えてきた横開きの扉を目指している。
二人分の髪の香りなのか、甘い体臭なのか良く分からないし分からなくてもいいのかも知れないけれど、男を奮い立たせるようなフェロモン的な何かに誘引され、僕も三秒遅れくらいでその「扉」にたどり着いた。ミロカさんが横に付けられたパネルのようなものに指を当てている。
「!!」
ウイン、とかなりの速度で左右に割れるようにして開いた扉の先は、まあ予想通りのエレベーターのハコの中だったわけだけど。こっちから来れば良かったのに、との嘉敷博士に対する憤りは薄れやしない。
「……」
定員六名、といったところの大きさだったが、これ上昇速度速くない? 不安を感じさせるほどの揺れと軋みを起こしながら、エレベーターは上へ上へと突き上がっていく。
しかし狭い空間を、軽く汗ばみ、息の弾んだ、甘い香りのする女子ふたりと共有していると、そんなことはどうでもよくなってくるわけで。「自制」の二文字で自らの脈動を抑え込みながら、僕は硬直している。
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