▲2六白駒《はっく》

 いつの間にか、僕が腰を据えているラットマシンの周りには、遠巻きに取り囲む人の壁が出来ていた。


 100kg……? マジで……? みたいな呟きが聞こえてくる。すぐそばのミロカさんは先ほどから微動だにしない真顔のままだ。何か僕はあかんことをしでかしてしまったのでしょうか……


「ふ、フハハハハ!! もちろんこれが限界ではありませんぞ!!」


 場の何とも言えない空気に勝手に追い詰められてしまった僕は、耐えきれずにテンパり気味の大声で弁明を始めるのであった。がば、とシートから立ち上がり、改造学ランの上着のチャックをもどかしくも引き下ろすと、拘束された上半身を衆目に晒す。


「このリストバンドの重さは10kg!! それが二つで20kg!! 上半身を覆うこの『大棋士養成ギプス』の負荷が加わって『×2』の40kg!! そしてこの重さ15kgの『改造学生服』の負荷が加わればっ!! 『×5』の200kgは上げられるパワーが出せる寸法だぁぁぁぁぁぁっ!!」


 そう、僕は常にこのような負荷を掛けて日常生活を送っている。


 周囲にばれずに体を酷使するためには、これくらいしか方法がないから。全てヤミ業者に安くない金を支払って作ってもらった僕の宝物であり、今では体の一部といっても差し支えない、大切な相棒だ。


「……」


 しかしまっとうな理論をかざし、その論拠も明らかにしたと言うのに、周囲はどよめきすら発しなくなってしまっている。何か……この完璧な理論に穴があったとでもいうのだろうか。


 助けを求めるように、これまた真顔の嘉敷博士を見やるが、ぶつぶつと小声でククククレイジーユゥアクレイジボーイ……みたいな事を唇だけ動かして呟いているだけだ。


 と、その時だった。


「あっは! 何やおもろいコぉがおる思たら、同し学校とはなぁ。全然知らんかったわ」


 人垣を割って、揉み手気味の拍手をしながら現れたのは、これまた二度見を奪われるほどの流麗な女のコだったわけで。


 プールから上がったばかりなのか、ぐっしょりと濡れた赤茶色の髪からはまだ水が滴っている。正に水も滴る……というやつだ。肩には大きめのスポーツタオルがかけられているが、その下の黒い競泳水着に包まれた肉感的な肢体が、動くたびにちらちら垣間見えて脈動に悪い。


「博士ぇ、このコがさっき言うてた、『獅子』のコなんやな? ええやん、規格外で。ふさわしいんちゃうか」


 その水着流麗美少女は、僕の顔を悪戯っぽい目で見ながらそう言う。野性味あふれるけど、どこか妖艶な……そんな強い目力を受け、僕の脈動は留まりそうもない。


 ああー、フウカくん、そうだよ凄い逸材だろぉ、と嘉敷博士がすっかり気を取り直してその流麗美少女に追従笑い混じりでそう応えているが。フウカさんというのか。


 僕はその結構な鋭角にも、どんと張り出した双丘にも、いやらしい目を向けないように鋼の意志で眼輪筋を操作すると、ぐっと上腕二頭筋を強調するポーズをキメつつ、精一杯のさわやかな笑みをそのフウカさんに向ける。


 目が合うと、にこりとしてくれたその笑顔に、僕はまたしても自分の中で何かがパチンパチンと外れるような感じを覚えるわけで。やはり……この世はツンだけではないと……いうのか……


 オーバーヒート寸前の大脳で僕が思う事、それは両親への感謝であった。


 父さん母さん僕を生み育ててくれてありがとう。僕は今日、ふと迷い込んだこの地下の異世界にて、途轍もなく大きな何かを得ようとしています。かしこ。


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