摩訶★大戦隊 ダイ×ショウ×ギ×レン×ジャー
gaction9969
▲1一歩
「あ、負けました」
消え入るような声で、そう告げる。
瞬間、鳩尾の辺りに締め付けられるような、不快な熱を持った、敗北を認めたとき特有の嫌な感覚がじんわり上ってきた。
いつものことだ。いつものことだから、もう慣れてくれてもいいはずなのに。
僕は意味も無く上空のたなびく雲に視線をやったりする。桜もすっかり緑化してしまったので、この昼下がりの公園にはあまり人影はない。穏やかな風が木々の間をすり抜けて心地よさを僕らのところまで運んで来てくれているけれど、僕の心の底は澱んだままだ。
ぎこちない動きでパッドを閉じようとすると、目の前に端末が突き出される。
「おつかれ~、指置いてくれ~」
さっきまで、普段のちゃらけた空気を押し込めるかのように真剣に盤面に向かっていた相手は、今また弛緩した雰囲気を出し始めた。長い髪に指をやって片膝を立てると、何かひと作業をこなしました感で、もう僕には興味を失くしたかのような素振りだ。
賭け事は校則で当たり前だけど禁じられているものの、実際取り締まれているかというと、ほぼ無法地帯に思える。
去年の年末くらいから流行り始めた、この「真剣」と呼ばれている対局アプリを使用した賭け将棋も、こと「将棋」だから見逃されているのではないか? と勘ぐってしまうほど、構内のあちこちでもほぼ公然と行われているわけで。
差し出された相手のスマホに指紋を認証させる。これで相手の口座に僕のから「5000円」が振り込まれたことだろう。やることが済んだのか、長髪は違う画面に戻しつつ立ち上がると、僕の方にはもう目もくれずに気怠げに歩み去っていく。残された僕は何というか、無表情と半笑いの中間のような、妙な顔つきで座り込んでいるしかなかった。
(やっちまった……やっちまったとしか)
言えない。「勝ったら『5000ポイント』だぜ~? やってみない手はないっつの。一気に『二階級特進』して『五級』になれるチャンス逃すのかよ~
結果、5000円という、僕にとっては少なくない額を巻き上げられてしまったのだけれど、そんなの罠と気付けよ、というか、相手が段位者とは言え、六枚落ちで負ける僕も僕だ。
来月分のプロテインを買う金が吹っ飛んじゃったよ、と、ふへへ、とあえて気の抜けた笑い声を出してみるものの、すぐ横の小路をベビーカーを押して歩いていた女性が、こちらを顔を歪めながらチラ見しつつ、猛然とした早足で過ぎ去っただけだった。
走って帰るか、と腰のポシェットに自分のパッドをしまい込んで、深緑の塗装がはげかけているベンチから力無く立ち上がる。
周りを見回し、いかにも座り続けていたから体固まっちゃたよという体で、素早く屈伸と伸びをして体をほぐす。アキレス腱も伸ばしておきたかったけど、流石にそれは露骨だと思い、やめておいた。
このご時世、公然とジョギングでもしてようものなら、監視カメラの映像が学校やら家やらに流されて厳重通告となる。
「走ることが目的であることを悟られてはいけない」。そのため、この、学生服を模して精巧に仕上げられた改造ジャージの上下をいつも着込んでいるわけだが、僕の「趣味」は割と命懸けとも言えなくもない。いや、それは言い過ぎか。
うっわ~、15時からの小久保五段と斯波四段の対局、リアルタイムで弟と検討するって約束忘れてたよ~、と不審極まりないひとり言を、どこかにあるだろう集音マイクに向けて放つ。どうだこの通好みの対局チョイスセンス。
そんな約束は真っ赤な作り話だが、要は走れる口実を作れればいい。機械に向かって言い訳をかますのは何とも言えない感じだが、AIは今や神様ですから。
僕が慌てた素振りで足を踏み出そうとした。その時だった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます