第53話 芸術は殺戮だ

 時は進み、民衆が寝静まる頃。

 神々の世界につながる門が秘匿されている場所、二度の戦闘のせいで廃墟となりかけている縛神高校の屋上にて、二つの影が見ゆる。

 影の正体は黒崎颯人と神埼紅覇。二人が見つめる先には、何やら歪んだ空間が浮かび上がる。


「……ほほぉう? これはまた、お強そうな方がお二人もいらしてどういたしましたかな?」

「ここはテメェのようなやつが来るべき場所じゃない。今撤退するなら見逃してやるぞ」


 歪んだ空間から現れたのは燕尾服を身にまとい、背の高いシルクハットを被った青年だった。青年は軽快な笑みを浮かべつつ、威嚇する颯人の殺気を涼しい顔で回避した。

 その様子を見て颯人が舌打ちをかますが、それすらも意に介さないかのよう。あるいは、本当に颯人のことなどどうでもいいのかもしれない。ともすれば、青年の実力は如何ほどのものであるなど、想像するまでもあるまい。


 だが、二人割って入るように神埼紅覇が問う。


「念の為、貴殿の名を聞かせてもらおう。出来ることなら、日本ここに来た意図も」

「うー……ん。いいだろう。

 ――――聞いて驚け、見て笑え! 吾が名はローズル!! しがなき旅の芸術神、なりっ!!

 今宵、吾が訪れし理由は唯一つ!! 世界の終わりをもたらすため、それを形にするためであぁぁぁるっっっ!!」


 芸術神ローズルは軽快な笑みを奇っ怪なものに変え、眼光が鋭くなる。それはまるで、二人を敵として認めたと言わんがごとく。または、ようやく視界に入ってきたと言うがごとく。

 とっさに颯人と神埼紅覇が飛び退く。

 だが、何も起こらない。どうやら二人は、芸術神ローズルが放つ殺気に気圧されたようだ。


 ゴクリと生唾を飲む颯人に、神埼紅覇が小声で問う。


「どうだ、やれそうか?」

「バカ言え。やらなきゃ日本が沈む」

「それもそうか……。しかし困った」


 神埼紅覇が虚空から身の丈の二倍ほどもある霊刀を抜くと額に汗が流れた。初めて自分が焦っていると気づいたとき、続きの言葉は漏れるようにつぶやかれた。


「――これは勝てる気がせんぞ」


 芸術神ローズルの殺気は生ける伝説、神埼紅覇を持ってしても勝てる気がしないと言わしめる。同じく、幾度の終末、神々の争いを生き抜いてきた颯人も同意見であった。

 今にも飛びかかろうと機会を伺う二人を前にして、芸術神ローズルは霧散するように殺気を解き放つ。そうして、軽快な笑みに戻って言うのだ。


「いやいや、困りましたな。実は吾、強くないのですよ。あっはっはっは」


 静かな中にしたたかな笑い声が木霊こだまする。

 圧倒的な殺気を内包しているというのに、自分自身が強くないという芸術神ローズルの言い分は、とても信じられない。一歩前に出た颯人がこれで決したという風に芸術神ローズルをにらみつける。


 そして、空気が震えた。まるで地球そのものが怒っているかのようで、颯人を見つめながら神埼紅覇は畏れて一歩遠のく。

 颯人の怒りは地球を終わらせようというふざけた神の言い分のせい。

 それを知ってか知らずか、芸術神ローズルはニヤリと嘲笑ってみせる。


「もうテメェがどういう神様なのかは関係ねぇ。確認だ。お前は世界を壊すんだな?」

「壊すのではない。終わらせる・・・・・のだよ、ワトソンきゅん。吾は世界の終わりを描くのさ」


 明確な敵の誕生に颯人の怒りは膨れ上がる。

 幾度の終末を見てきた颯人でも、芸術神ローズルが描く終末は未だ知らない。まだ知らない終末があることよりも、初見でそれを回避しなくてはならないという絶望もいくらかあった。

 しかし、颯人はできないという確信がなかった。むしろ駒が揃えば守り通すことも容易ではなかろうかとさえ思っていた。


 そう。御門恭介という諸刃の剣を召喚すれば。


 ただし、それには一つだけ問題があった。


「……ちっ。アイツの携帯番号覚えとくんだったな」


 颯人は御門恭介を呼び出すための道具手段を持ち合わせてはいなかったのだ。


「なんだ、こんなときに。別れの挨拶なら考えるなよ」

「馬鹿なこと言うんじゃねぇよ、鳥肌が立つ。別れの挨拶ならもう何度も済ませてるっつうの」


 絶望的な状況に変わりはない。

 依然として芸術神ローズルは目の前から消え失せはしないし、異様な威圧が増していくばかり。対する颯人と神埼紅覇は勝てる見込みが見いだせないという大失態である。このまま戦闘になれば、敗北は濃厚。真に芸術神ローズルの言い分である『自分は戦えない』という言葉が正しければ、二人は生き残る事はできるだろうが。

 汗がにじむ二人を見て、ついに芸術神ローズルが本性を顕にする。


「あははは。

 あっはっはっは!

 あひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃ!!」


 顔の骨格が変わる。口からは黒い煙を吐き出し。

 右腕が変化し、人のそれではなく狼の顎へ。

 両足が変化し、八本の馬の足へ。

 左手には剣と呼ぶには些か鈍く、棒と呼ぶには洗練された鋭さのあるモノが握られ。

 善神と呼ぶことが愚かしく思えるほどの異様さを放ちながら、それは言った。


「吾の馬鹿らしい嘘を真に受けなかったことだけは素直に褒めてやっても良いぞ、ふふん。だがしかぁぁぁぁし!! この立ち位置は実に不愉快だ。うん。まるで吾を倒せるみたいじゃないか、恥を知れぇぇぇぇい!?」

「なんだ……こやつは?」

「吾? 吾は旅の芸術神。そう、旅の・・だ。神々の間ではめっぽう噂だぞ。《旅行者》とな。知らない? まあ、知らぬよな、吾悲しい。というわけで、皆殺しじゃあ!!」


 暴走状態なのか。それともこれが本来の芸術神ローズルなのか。

 ともかく、皆殺しという言葉に颯人たちは覚悟を決めた。


 しかし。


 その時はやっては来なかった。なぜなら、芸術神ローズルの燕尾服の上着ポケットからゴッド・ファーザーのテーマソングが流れてきたからである。


「はいはい、ちょ、左手の邪魔! しもしも~? あ、王様……? え、あ~今吾、黄金の国ジパング――待って待って、チョット待ってクレメンス! めんごめんご! 勝手に来たこと謝るから許し――おいぃ!? ふぁ、今向かってるから覚悟しろって、ちょ――切れちった……」


 一体、何がどうなっているというのだろう。

 あれほどまで圧倒的なプレッシャーを放っていた芸術神ローズルの額に汗が滲んでいる。そして、震える肩でゆっくりと颯人たちの方を見るなり、作り笑顔になって瞬時に人の姿へと戻るのだ。

 何が何やらと情報が追いついていない颯人たちに向け、芸術神ローズルは告げる。


「吾、帰るわ。ちょっと、上司を怒らせてしまったのでな、はーっはっはっは、はーっはっはっは!」


 高笑いと共に空間に亀裂が入り、瞬時に芸術神ローズルの姿が掻き消える。

 残された颯人たちはとりあえずの危機の帰結に呆然とその場に立ち尽くすばかりであった。

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