第48話 嫌味なやつの過剰表現

 嫌に静まり返った和室で畳に足を擦る一つの音だけが耳に届く。和室に集まった皆々が固唾を飲んで待ち受ける中、その女性――神埼紅覇――は案内人にマイクを渡されて、果たして場の空気を切り裂いた。


――キィィィィィィィィンンッッッッ!!!!!!


 金切り音……というよりは、マイクとスピーカーの距離が近かったことで起こる音が耳を貫くように響いた。場がざわめく。決して機械の調子が悪かったわけではないが、相手が悪い。

 総理大臣やそこらで固まっている有名人なら、一つ冗談でも挟んで何事もなかったように話し始めるのだろうが、今回マイクを握っているのは日本が誇る生ける伝説だ。最悪死人が出るのではないかと、一瞬にして緊張が走った。


 そうして、皆の心臓が破裂する寸前で、神埼紅覇は語る。


「…………死ぬかと思った」


「「「「……………………………………………………え?」」」」


 あくまでも真顔。眉一つ動かさず、ただ一言そう口にした。

 和室内のほぼすべての人が驚きに目を見開く中、一人の青年とその横にいる女性だけが笑い出した。


「あっはっはっはっ!! おいおいおいおい。百四十年も生きてて、未だにマイクの扱いすらろくにできねぇとはな! こりゃ傑作だ!!」

「紅覇ちゃんらしいけどね。そういうところが可愛いんだよね」


 いやあの、何をお笑いになさっているので? その、俺は本気で命の危機を感じたんですが。


 カツカツと颯人が神埼紅覇に近づいていき、唐突に抱き上げるとスピーカーから少し離れた場所まで移動した。そうして、マイクでは拾えなかったため何を話したかはわからないが、すぐにマイクに向けて話し始めた神埼紅覇を見る限り、話してみろとでも言ったと予想される。

 すると、今度こそトラブル無く拡散された言葉が和室に響き渡る。


「驚かせてすまない。恥ずかしながら、私は昔からカラクリは苦手でな。どうも扱いがうまくいかない」


 ……なんと。驚くべきことに、神埼紅覇は怒っていなかった。

 和室にいる九割九分の人間は、神埼紅覇が怒り狂い、マイクを用意した案内人を残虐非道の尽くを以て蹂躙するものだと思っていたが、そうはならなかったのだ。


 というよりも、これは……おちゃめさん?


「さて、集まってもらった理由は手紙で伝えたとおりだ。私はここ最近、町で起こってしまった事件の責任を取り、日本の実質的なかしらの座を降ろさせてもらおうと思う。本音を言えば、いい歳だから余生を楽しみたいんだ」


 などと言う神埼紅覇の顔は今もなお真顔である。

 どこまでが冗談で、どこまでが本気なのか実にわからない話し方ではあるが、その全てが本気であると感じさせるには数秒も必要ではなかった。颯人の顔が、次に起こしたアクションが、その全てを物語っていたのだ。


 連絡事項を行い終わった神埼紅覇は、質問の時間のその前に隣にいた颯人にマイクを渡すと、嫌なくらい憎たらしい笑顔で、颯人は話し始める。


「ちなみに言えば、次期当主はもう決まってる。あぁ、安心しろ。少なくとも支持率が下がってる総理大臣や馬鹿やってればテレビで取り上げてくれるクソくだらねぇ有名人とやらは絶対に選ばれねぇよ」


 嫌味も忘れず。

 しかし、その言葉にはやっぱり正しさが込められていた。


「次期神埼家当主は、神埼麻里奈。現役JK。その美貌と人懐っこさで自校他校問わず町内会にまでファンクラブを創立させた。俺が知る限り、三大美女よりも美しい女だ。ほら、そこにいる制服を着た女だよ」


 わざわざ居場所を教える颯人は、やっぱり碌なことをしない。そんなことをすれば、一斉に麻里奈の方へと視線が行くのは間違いなく。そして、麻里奈を見て快く思わない人間がいることも明らかで。

 当然のように反論の嵐が巻き起ころうとするだろう。


 だが、颯人はそれをたった一言で封殺した。


「異論反論疑問意見はいらねぇ。テメェの話を突き通したきゃ、俺を殺してみせろ。まあその場合、俺も神々や星々の力の尽くを使って――俺が出せる全身全霊をかけて・・・・・・・・反撃するが、もちろん構わないよなぁ?}


 人はそれを脅しという。


 そもそも、颯人に文句を言おうなんてこの地球上を探してもそういないだろう。少なくとも、この和室で神埼紅覇の纏うオーラにビビった奴らでは話になるはずもない。


 だがしかしそうなると、ヘイトは全て麻里奈へと向くわけで。何人かが麻里奈を問い詰めようと歩み寄ってくる。それを阻むようにカンナカムイと俺が立ちふさがり、怒り狂った大人たちの形相が近くに感じる。

 と、そんなときだ。言い忘れたというように、颯人が言葉を発したのは。


「気をつけろ。テメェらが今、相手にしようとしてるのは俺を殺した御門恭介っていう不老不死だ。ああ、そうだ。女がいる日常が恋しくて、俺を含めた理不尽を木っ端微塵に打ち砕いた天災へんたいだ。相手取るなら止めはしねぇが、そいつを相手にするくらいなら、俺を相手に取ったほうがまだ勝機があるだろうよ」


 ニヤニヤと、颯人の表情はタナトスが悪戯をするときのそれに近づく。

 嫌になる。嫌になるが、颯人の言葉は迫る来る大人たちの腰を抜かす程度には役に立った。どれだけ怖い顔をしていようが、所詮はただの人間である。ただ不老不死となった俺を前にして、こうも恐怖の顔を見せるとは思いもしなかった。

 同時に俺がもう、普通の人間とは相容れないのだと思えて感慨にふけそうになる。


 俺としては、そこで黙っていてもらえればひどく助かったのだが、余計にも颯人はさらなる後付を話し始める。


「しかも驚いたことに、そいつは日本の始祖とも呼べる《緋炎の魔女》の友人だ。さらに! 《緋炎の魔女》の妹君をめとってしっぽりってな。さらにさらに!! そいつの正妻が紹介に預かった神埼麻里奈ときたもんだ。わかるよなぁ?」


 いや、いつ麻里奈が俺の嫁になったと?

 麻里奈をチラリと見ると、顔を真赤にさせていたが、あまり嫌そうではなかった。いや、そうではなくて!! 俺の危険度が急速に右肩上がりしているんですが!?


「神埼麻里奈に手を出すってことは、公式に御門恭介に喧嘩を売るってことで、ひいてはこの日本に喧嘩を売るってことになるわけだ。まさに、死にたいやつから前に出なってやつだな、こりゃ。さあどうぞ、続きを。テメェの言葉を通すために命をかけた戦いを始めてくれよ」


 あ、こいつ。ただ戦いたいだけだ。

 でも、そんなことを言われて戦えるだけの胆力がある人間がこの場にいるわけもなく、静まり返った皆々は《神埼紅覇》、《極東の最高戦力イースト・ベルセルク》、そして俺に挟まれて、肩身が狭そうに端へと寄っていく。

 マイクを投げ捨て、神埼紅覇を担ぎ上げた颯人が俺の下に近づいてくる。そうして、やってやったぜ感丸出しの笑顔でこう言うのだ。


「腰抜けが多くて助かったな、御門恭介?」

「ほんとだよ! てめ、まじでああいうのやめろよな!?」


 危うく心臓が止まりかけた。


「しっかたねぇだろ? ああでもしなきゃ、この鈍クセェ紅覇が矢面に立つことになるじゃねぇか」

「だからって的を俺に向けるのはやめてくれ……俺はまだ、ただの高校生で通っていきたいわけ、わかる? それにその、神埼紅覇さん? だっけ? 会場中に何とも言えない威圧を放ってたじゃん」

「バカ。あれはただの緊張だ」


 ……………………………………………………………………………………………………………え?


「緊張って……?」

「こいつはな。人見知りで、引きこもりのような生活が大好きで、本来なら人がいる場所になんて絶対に出てこないようなやつなんだよ。今回は特別、特例中の特例でこんな大勢の前に立ったんだ。まあ、緊張と最初の失敗でガチガチだったけどな」


 どうやら、俺の……いや、和室内にいる全ての人が勘違いをしていたらしい。

 神埼紅覇の入室の際に感じた身を震わせるほどのオーラは、ただ緊張であって、特別害意のあるものではなかった。しかも、ご高齢の引きこもりだと?

 なんだか、一瞬にして神埼家当主の威厳を失った気がするが、担がれている神埼紅覇が俺の顔を舐め回すように見たあと、変わらぬ真顔で言った。


「茶室に行こうか。ここは……少し人が多い」

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