第46話 温い日に

 黒崎颯人。間違いなく魔王と称しても文句を言わさないほどに災厄っぷりをかましてくれた青年。先日の戦いの中で、その男の過去とリンクした時があり、俺はその中で颯人として数え切れないほどの世界の終わりを見させられた。

 そのせいか、颯人との戦いが終わって一週間が経過した今でも毎日のように夢に見る。


 空を覆う黒い影。数刻もしないうちに人々は光を失い、空を失い、大地を失って、最後には希望も食い尽くされた。暴食の如く世界を飲み込んだそれは、結局正体すらわからず終いだったようで、俺にもわからない。ただ、そいつがこの世界に現れたとしたなら、俺はきっと何もできずに全てを失うのだろうと、心底恐怖して眠りから覚めるのだ。






 清々しいほどに夢にうなされた俺が目を覚ますと、目と鼻の先で無表情のままに俺を見つめている幼女が目に入った。同時に、気絶するほどに驚いた俺は、すんでのところで意識を保って、その幼女に呼びかける。


「黙って人の顔の前にいるのは反則だ。一瞬、本気で死ぬかと思っただろうが」

「解。御門様の体は死んでも再生するため、支障はないと思われるわけですが」

「そういうことを言ってるんじゃなくてだな……はあ、お前はもう少し常識を知ってくれ、黒霧くろぎり

「訂正を所望。ワタシには元所有及び麻里奈様から頂いたクロミという名前があるわけですが。どうぞ、言い直しを」

「わかった。わかったよ、クロミ。謝るから、とりあえず顔を離してくれませんかね!」


 ベッドで仰向けになって眠っていた俺の上に馬乗りになっている幼女の名前は《終末論アヴェスター》によれば、黒霧と呼ばれるらしい。というのも、彼女はクロエの能力であった黒い靄をメダルで保管したことによって生まれた女の子だ。

 そして、例のごとく麻里奈たちによる名前を決める会が密かに行われていたようで、そこで何があったか彼女にクロミという名前がつけられたそうだ。名前については一応その成り行きを簡潔に聞いてみたが、黒い霧だから、クロイミストを略してクロミにしたそうな。なぜ、ブラックミストじゃなかったんだ……?


 さらに、その名前に決まった理由と思われるのは、クロミの容姿がクロエに猫耳としっぽを生やし、虹彩を紫にした幼女だからだろう。

 容姿に至っては、タナトス曰く、クロエのアイデンティティたる世界矛盾を封じたため、姿がクロエに紐付けられたのではないかとのこと。救った幼女が双子になって家に来るとは思っていなかったため、色々と買い揃えるのに苦労しそうである。


 話は戻り、クロミの顔が近いと言われて、クロミが首をかしげる。


「疑問。同形のクロエとキスをしたのに、ワタシは駄目なわけですか?」

「それは……」


 再び先日の話になるが、クロエから能力を簒奪した俺は、直後にクロエからキスと最愛の告白を賜った。そして、すぐに眠ってしまったのだが、その際に意識があったクロミに全てを見られていたようで、ここ一週間は事あるごとにキスを迫ってくるのだ。

 俺としてはこうして女の子と合法的にキスできるのは誠に嬉しいことなのだが、さすがの俺でも幼女といやらしくキスをすることが警察のお世話になることくらい知っている。


 とにかく、こうやって幼女の顔を拝む朝は素晴らしいのだが、俺の家にはクロミ以外にも女の子がいて、しかもその女の子たちに見つかると、本当に俺の命が危ういわけで。そうなる前にどうにかしようと思い至ったわけだが、どうやら遅かったようだ。


「ちょっと、クロミ!? またアンタ、勝手にアタシのきょーすけに何してるわけ!?」

「解。子作りを」

「はぁ!? ちょ、ま、きょーすけ!?」

「子作りなんてしてないし、そもそもお前のものになった覚えもねぇ!! てか、そんなに騒ぐと麻里奈が――」


 俺が心配していた麻里奈の襲来を叫ぶと、クロエとクロミが同時に俺の方をジト目で見つめたかと思うと、同じ場所を指差す。そこは俺のベッドの、俺のすぐ横を指し示していた。視線をゆっくりと向けていき、その先で俺は大きく肩を落とした。

 率直に言えば、俺の横にいたのは裸の麻里奈だった。もちろん、裸で何をしているかと言えば、無意識で裸にって寝る麻里奈のことだから寝ているわけだが。麻里奈のひんやりと冷たい手が俺の腕を掴んで離さない。


「あぁ……どうするか」

「別に。今日は休みなんだし寝てたら? まりなも寝てることだし?」

「同意。なのでワタシもご一緒に――」

「あーんーたーはこっち!!」

「疑問。ワタシも眠いわけですが……」


 有無を言わさず、クロミを連れてクロエが俺の部屋から退散していった。

 先日の戦いから、俺と麻里奈の関係がギクシャクしていることを知っているクロエの善意だろう。調子としてはいつもどおりなのだが、どこか麻里奈が一歩引いた態度を取るようになったのだ。俺としても、どうにかしたいと思うのだが、どうにも切り出しづらい。

 とりあえず、眠っている麻里奈の髪を撫でる。眠ってるかしないと、ここまで近づくことはできないだろうし、触ることすらできないだろう。この際だから存分に楽しみたいところだ。


 まあ、しっかり首元まで布団をかけた上でおっぱいやその他諸々が見えないようにしないと俺の心臓が持たないんですけどね!


 柔らかい頬をぷにぷにとしながら、幼馴染の寝顔を堪能していた俺だが、徐々に朱になる麻里奈の様子を見て、何かおかしいと片眉を上げる。

 この感じ、もしや……?


「麻里奈、起きてるな?」

「……すぅ、すぅ」

「そんなあからさまな寝息立てられたらわかる」

「あぅ……お、起こしに来たんだよ……?」


 パッと目を開いた麻里奈が、申し訳なさそうにそう言う。その表情がなんとも可愛くて、クラっと来そうな俺だったが、少し視線を外して麻里奈の頭に手のひらを乗せて目を合わさないようにしてわかったと伝えた。


「そんなに心配されるほど、うなされたか?」

「え? ……ううん。ち、違うよ?」

「じゃあ、眠かったのか?」

「それも違う! いや……ちょっとだけ眠かったけど!」


 なんだ、眠かったんじゃないか。それならそうと言えばいいのに。幼馴染なんだから、それくらい恥ずかしくもないと思うんだが。

 しかし、俺は男で、麻里奈は女だ。男の俺に、女の麻里奈の考えることなんてわかるはずもない。ただでさえ、女心となんとやらって言うんだ。それに逐一気がつけるのは、それこそ本物のイケメンとかだろう。


 何はともあれ、イタズラに寝られていたことが気に入らなかった俺は、お返しと言わんばかりに麻里奈の頬をなで続けた。すると、みるみる内に顔を赤く紅潮させていく麻里奈。終いには、身をよがらせて俺の手から逃れようする。


「く、くすぐったいよ……もう、エッチ……っ」

「勝手に人のベッドに忍び込むようなやつが、それを言えた義理か……?」

「私はいいの! きょーちゃんのお姉ちゃんみたいなものだから!」

「普通の姉は高校生の弟のベッドには潜り込まないんだよっ!?」


 確かに、麻里奈は俺の姉のような立場だろう。一歳しか歳が変わらないのに、いろいろと物知りだった麻里奈には、俺の両親も信用していたようで、子供の俺を子供の麻里奈に預けることすら多々あった。さすがにそれは俺の両親が特殊だったとは言え、麻里奈の凄さには変わりない。

 そんな、俺の姉のような母親のような存在の麻里奈だからこそ、少しの様子の変化も感じ取れてしまう。そう、俺を避けているということも。そして、その理由も。


「なあ、麻里奈」

「な、なあに?」

「そのな……お前の家のことは――」


「いちゃこらしてるところ、とても残念だけれど、ベッドから起き上がってもらってもいいかな?」


「……ホントお前の出てくるタイミングは最高で最悪だよ、タナトス」


 せっかくこれから大切な話をしようと思ったところなのに、とんでもないタイミングでタナトスのモーニングコールがかかる。しかも、その顔を見る限り、してやったりというふうだ。きっとこの悪戯精神の塊たる神様は、俺達の事情なんて微塵も考えてはいないんだろう。


 そうして、起き上がった俺と麻里奈に向けて、一通の手紙を投げ渡す。

 最近、俺はこういった手紙にいい思い出がない。カンナカムイが関わった戦い然り、黒崎颯人が関わった戦い然り。でもまあ、こうして何も事件が起きる前に手紙を渡されるというのは初めてだったので、それほど悪いことではないだろうと、渡された手紙を開封する。


 だが、現実はそうも甘くは行かなそうだ。


「……目がおかしくなったかな。今日の午後に神埼総本家に全員集合って書いてある気がするんだけど?」

「そうだね。僕の目がおかしくなってなければ、同じことが書いてあるように見えるね」

「タナトス……どうしてこのタイミングで渡した? この手紙、多分もっと前から投函されてたよな?」

「なに、簡単なことさ。このタイミングで渡すほうが面白いだろう?」


 ああ、ホント。お前っていい性格してるよ、全く。


 指定時刻は今日の午後。つまり、休日を謳歌していた俺たちには、あと三時間後が集合時間となっていた。とりあえず、着替え始める俺に、毛布で肌を隠す麻里奈が訪ねる。


「え、きょーちゃんも行くの?」

「当たり前だろ? 知りたきゃ、口説いてでも聞いてみろって言われたんでね。かわいい幼馴染を口説く勇気はないから、ストーカーでもしてみようかなってさ」

「いやそれ……はぁ……もう、わかったよ……」


 真実を知りたいと思う俺に、本当の自分を知られたくなさそうな麻里奈の密かな戦いは、麻里奈の根負けで終わりを迎えた。というよりも、これ以上隠しきれないだろうと思ったのかもしれない。


 かくして俺は、神埼家のお家事情に足を踏み入れることとなる。

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