第43話 選ばれし者

 保健室に俺の待ったが響く。


「い、いや待ってくれ!」

「……なんじゃ?」

「麻里奈……神埼家って、一体何なんだ?」

「……そういうことか。ふむ。妾の口から伝えても良いが……こればかりは、本人の口から聞いたほうが良かろう。というわけで、妾は黙秘する。神埼麻里奈を口説くなりせい」

「んな、殺生な……」


 話は終わりだと、日巫女は保健室を出ていくように出口へと歩いていく。

 だが、何かを思い出したかのように振り返ると、クロエを見つめて言うのだ。


「クロエ。クロエ=アルフェラッツ。我が妹よ」

「な、なによ……」

「悪かった。本当に。末妹である君に、妾たち姉は、力の制御ではなく封印を選んでしまった。長い間の孤独による、妾たちへの恐怖や怒りは最もだ。だが、だがだ。これだけは忘れないでくれ。妾たち姉の総意として、妾たちは皆、君が生きていてくれたことを心からうれしく思っている」


 そう言って、最後に優しい微笑みを見せて、日巫女は告げる。


「これからは自由に生きよ。なに、問題があればそこの男がどうにかするだろう。くれぐれも、妾たちの末妹をよろしく頼んだぞ、《常勝の化け物エウへメリア》。少し幼いが、可愛げのある良い子だ。妾たちにできなかった喜びを数多くれてやってくれ」


 言われずとも。そんな言葉が喉から出掛かる。でも、それは言わなくともいいことだった。だってそれは、俺がやり通した颯人との戦いで証明されているのだから。それに、日巫女はそんな言葉がほしいのではない。なぜなら、日巫女の命令はハイかイエス以外あり得ないのだから。

 こうして、クロエを巡る戦いは終わり、ひとまずの決着を迎えたわけだが、ここに一人未だに納得できていない男がいた。


「おい、御門恭介」

「……あんだよ。俺は今、すんげー緊張した後で死にそうなんだけど?」

「んなんでテメェを殺せるなら、俺はもうお前を三百は殺してる。それよりもだ」


 さらっと怖いこと言いますね。まあ、当然ちゃ~当然だけど。にしても、まだ俺に用があるのか。俺はもう疲れ果てて正直話す気分ですらないんだけどな。


 流石に疲れた俺は、空いていたベッドに腰掛けて、向かいのベッドで上半身を起こすのが疲れたのか、横になった颯人の話を聞く体勢を取る。


「どうして俺は、負けたんだ」

「……はい?」


 何を唐突に……。


 颯人は言う。自分が負けた理由を答えろと。そんなことを知って何になるのか。次に喧嘩を売るときのために参考として聞いておきたいのだろうか。済まないが、金輪際颯人と戦うことはない。というか、戦いたくない。次は死ぬ。絶対死ぬ。冗談抜きで死んじゃう。

 そもそも、今回の戦いで俺が勝てたかさえ怪しい。あそこで日巫女が勝負をやめさせなければ、結局どうなっていたかなど、誰にもわからないのだ。それを俺に答えをなんて、酷な話である。


「正直、俺が勝ったとは思えない」

「いいや、お前が勝った。あそこで勝負を止められなかったとしても、勝利はお前のものだった。お前の正義が、正しかった」


 これは……驚きだ。まさか、颯人が自分の正義が間違っていたと言うとは。驚きすぎてベッドから滑り落ちるレベルだ。おかげさまで腰が痛い。

 はてさて、どういったものか。颯人は知らないが、俺は別に正義の正当性は求めてないんだ。俺はただがむしゃらに粋がっただけで、自分勝手な物言いをしていただけなんだよな。かといって、それを伝えたところで満足するわけないしなぁ……。


 言葉に詰まる。しかし、いつまでもそれでどうにか出来る話でもない。なにせ、颯人は俺の言葉を望んでいる。何を求めて、何を欲すのかはわからない。だから、俺は俺が思うことを伝えることにした。


「別に、お前は間違っちゃいない」

「じゃあ……じゃあ、なんで負けたんだ!」

「正しいから負けないわけじゃない。正義だから強いんじゃない。お前は今回の戦いで、誰を守ろうとしたんだよ。まだ見ぬ奥さんか。姉さんは? お前に他に家族がいるかはわからないけど、そいつらのことを守るつもりで戦ったか?」

「なに……?」

「俺は少なくとも、みんなを守ろうとした。クロエも、麻里奈も、イヴも奈留も、お前でさえも」

「それが、なんだっていうんだ。俺はあいつと約束したんだ。次こそは守るって。幾重にも絡まった世界の終わりからアイツを救い出すってな!!」


 わかってる。わかってるよ、んなことは。


 きっと、颯人は間違っていない。誰かを守ろうとする気持ちに大小は関係ない。人数の多さだって関係はないだろう。むしろ、一人を大事にするだけ、颯人のほうが純粋な思いだったのかもしれない。それでも俺が勝ったとするなら、理由は唯一つ。


「俺は世界を救おうなんて思わない。多分、これが理由だと思う」

「……なんだって?」

「俺は世界を救わない。俺はただ、目の前で泣いている仲間を助ける。だってさ、俺に出来るのはせいぜいそれくらいだろうし、世界の命を背負うなんて俺にはできねぇよ」

「そ、そんなことで――」

「お前が嫁さんを助けたいっていうのはきっと正しいよ。ああ、正しいとも。少なくとも、みんなを守りたいなんて思う俺よりは純真だ。でもな。お前が世界を救わなきゃ・・・・・・・・いけない理由・・・・・・がどこにあるんだ?」


 ずっと気になっていた。颯人は世界を救うために戦っているようだが、それは颯人に世界を救う力があるからではなかった。そもそも、世界を救う力があれば、何度も世界の終わりを視ることなんてなかっただろう。じゃあ、なぜ……。

 理由は簡単だ。奥さんを救いたいから、世界を救うのだ。たとえ、それを成すだけの力が無くとも。

 とんでもない矛盾だ。とても常人では思いもつかないことを、颯人は淡々と考えている。本当に、馬鹿らしいくらいにアホなのだ。


「お前が世界を救う必要なんてない。そんなの、いつか生まれるそういう役目を持ったやつに任せておけばいいんだよ。俺もお前も、そんなことで立ち止まってる暇なんてない。そうだろ?」

「……は、はは。あ、はははははは!!」

「おいおい、人が真面目に答えたってのに笑うこたないだろ……」


 されど笑い続ける颯人。それを見て、由美さんまで笑い出す。そりゃあ、笑われても仕方ないような話だけどさ。何もそこまで笑うことないだろ? 見れば、望月養護教諭まで笑ってやがる。俺そんなに変なこと言いました?

 ひとしきり笑って、颯人は初めとはまるで違う、まるで友人に話しかけるような口調で言った。


「ああ、そうか。だから、お前なのか。納得だ。あぁ、完敗だよ、ホント」

「そういや、由美さんもそんなこと言ってたけど、何がなんだ?」

「ほらよ。受け取れ、《常勝の化け物エウへメリア》」


 と、一通の手紙が投げ捨てられた。俺はそれを落とさないようにキャッチして、封が開けられていたため、そのまま中身を取り出して手紙を読み始める。するとそこには……。


「……へ? 『今日日きょうび、新たなる不老不死が誕生した。名を御門恭介という。誕生三日以内にて神を下し、その存在ここにありと示したり。これを持って、日本国はこの者を五人目の《選ばれし者》とするか、新たなる《終末を招く者》とするかの判断を行う。ついてはその役目を《極東の最高戦力イースト・ベルセルク》なる黒崎颯人に一任するものとする』……だって?」

「まあ、そういうこった。おめでとう。お前は晴れて、世界を救う一員になったわけだ。俺の代わりに・・・・・・頑張ってくれよ、英雄さん?」

「は、はは……」


 じゃ、じゃあ、何か? 俺は日本っていう国に敵になるか味方になるか、味方になるなら世界を救えって言われてたわけか? しかも、これまで世界を救おうと尽力してきた颯人の公認をもらって世界を救う一人に選ばれたって? はは……。


「ふっざけんな!! おい、颯人! 一体全体こいつを決めてたやつはどいつだ! 一発殴ってやるから住所教えろ!」

「住所も何も、テメェの横で冷や汗でもかいてるんじゃないか? なあ、神埼生徒会長?」

「……麻里奈?」


 颯人に言われるがまま、麻里奈の方を見ると、目をそらして絶対に俺と目を合わせようとしない。

 おいおい、まさか……これが日巫女や望月養護教諭が言ってた日本国の総元締めっていう意味なのか……? ということは……。


「はは……勘弁してくれ……」


 俺は最初から、非日常こっちがわの人間だったってわけか……?

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