第42話 緋炎の魔女

 死なぬ体で死なねば終われない戦いが終わりを迎えたり、クロエが自身こそが日本であると宣言する日巫女の妹であるとか、正直これ以上頭が追いつかない状況に追いやられている。そんな最中、俺達は校内で唯一被害が少なかった保健室へと大人数でやってきていた。というのも、落ち着いたところで話をしたいという、日巫女の言葉に従う形である。

 しかし、保健室とは本来、大人数を収容するための部屋ではない。そのため、十人以上にも上る人数が入った保健室はとてもじゃないが落ち着ける場所ではなかった。というか、保健室の主たる望月養護教諭は先程から狂ったように藻掻いていた。


「どうして……どうして私の楽園に魔女が二人も!? しかも、《極東の最高戦力イースト・ベルセルク》と《常勝の化け物エウへメリア》!? さらに、日本の総元締め神埼家次期当主とついでに神様まで!? ちょっと、私の平穏は!? 私はただ静かに生きていたいだけなのよ!?」


 という風に、望月養護教諭はご乱心である。

 望月養護教諭は本当に静かに生きていたいだけなのかもしれない。そうでなければ、他を寄せ付けない煙草なんてものは作らないだろう。もっと言えば、これほどまでの面々を前にすればこうなるのも頷ける。なんというか……かわいそうになってきた。

 しかしながら、それを安々と一蹴するかのように、未だベッドで療養している颯人から言葉が飛ぶ。


「うるせぇ。コロがすぞ、静香」

「うっ……」


 その一言で、一般的に美人と呼ばれる大人っぽい望月養護教諭が目にいっぱいの涙を浮かべながらその場にへたりこんで泣き出しそうになる。ある種の幼児退行だ。それほどまでに颯人が怖いのだろう。一体、過去に何をされたのだろう。聞きたくもないが、少し気になる。


 さて、俺たちがここに来ることとなった理由である日巫女もとい、最古の日本人にして《旧き世代》と呼ばれる不老不死者、《緋炎の魔女》と呼ばれる超絶美人なお姉さんは膝にクロエを乗せて髪をいていた。

 実は自販機の前で、俺がコーンスープを渡したときからその正体を知っていた麻里奈は今まで黙っていたことを謝るとともに、日巫女という女性がどれだけの人なのかを説明してくれた。

 それらを含めて、俺は一つ言いたいことがあるのだ。


 俺の人生、一体どこで間違えたのだろうか。


 少なくとも、数ヶ月前の俺はこんなことになるなど思いもよらないだろうし、何より今の俺でさえどうしてこうなったのかわからない。ただわかるとすれば、俺がこうなった原因は間違いなくカンナカムイで、この状況を楽しんでいるのはタナトスという、駄神コンビだろう。


 ともあれ、日巫女の膝の上でカチンコチンに固まっているクロエを見ていると、あまりにも仲の良い姉妹とは思えないのは確かだった。まあ、見た限りでは日巫女はそんな気はないのだろうが。

 そうして、保健室にやってきてから数分が経った頃、ベッドで横になっている颯人が待ちきれないと言うように、姉の由美さんの肩を借りて上半身を起こして物申す。


「いい加減、話を進めろ。お前の時間に合わせてやるほど、俺は暇じゃない」

「ほう。その体たらくで暇がないとな? ひまだらけではないか」

「……この体でも、お前を木っ端微塵にすることは容易だぞ、餓鬼がき

「やめたほうが良かろう。確かに、貴様であれば瀕死の傷であっても妾を肉片一つ残さずに吹き飛ばす事はできよう。しかし、妾を殴れば敵は妾だけではない。妾を信奉する者全てが貴様の敵になる。それ即ち、日本が貴様の敵になるということじゃ。妾を殴れても、家族は守れまい。のぅ、阿呆」


 な、なんだか、空気がピリピリしてるんですが、帰ってもよろしいでしょうか?


 俺と麻里奈は、真に迫る恐怖に耐えるかのように、無自覚に体を寄せていた。そこに加えて望月養護教諭までやってくるのだから、二人の殺気が本物である証明になるだろう。可哀想なことに、その間に立たされているクロエは、ぶつかる殺意に今にも泣き出しそうになっていた。

 そんな一触即発な雰囲気の中、一人だけ和やかな空気を放つ由美さんが話す。


「まあまあ、久しぶりに会った友達をそう邪見にしないでよ」


「「友達なんかじゃない!!」」


「あはは、ほんと仲いいよね~」


 いや違う。違いますよ、由美さん!? そいつら、ほんとに仲が悪んですって! 喧嘩するほどなんとやらは、そいつらに限っては成立しませんから! お願いだから、火に油をぶっかけないでください!!


 会話一つでここまでヒヤヒヤしたことがこれまでにあっただろうか。ともかく、早く話とやらを聞いて、この二人を引き離さないと、今日が世界最後の日になりかねん。

 意を決して、俺は日巫女に話しかける。


「あ、あの……」

「なんじゃ?」

「日巫女……さん?」

「日巫女でよい。特別にひーちゃんと呼んでも良いぞ。君は面白い日本人だからな。妾は面白い日本人は特に好きぞ」

「は、はぁ……じゃあ、日巫女。話っていうのは……」

「なんじゃ、ひーちゃんとは呼んではくれんのか……。まあよい。話じゃな」


 意外と、ひーちゃんと呼ばれたがっていた日巫女は、拘束していたクロエを床に下ろす。すると、クロエは一目散に俺の下へと飛んできて、長らく迷子になっていた幼児が親に再会したがごとく抱きついて離れようとしない。同じく、俺の後ろに隠れる麻里奈と望月養護教諭はもはや息すら殺すように気配を消していた。

 そして、妖艶な笑みを浮かべる日巫女の口から語られる話とは。


「特にない。うむ、特にないぞ」

「……え?」

「聞こえなかったか。特に何も言うことはないのじゃ。あの戦いさえやめればそれで良い。急いで何かを伝えることはない。無論、日を改めて伝令はあるだろうが、それとこれとは話が別じゃ」


 妖艶な笑みは何処へ。今では快活な笑みを浮かべて、無邪気にそういう日巫女しか目に映らない。


 いやいやいやいや。先程までのピリピリとした空気は? 絶対誰かが見せしめに殺されると思った雰囲気は!? クロエの怯えようは!? 何、このコレジャナイ感!


 だが、本当になにもないと、日巫女はその場に立ち上がる。そして、上半身を起こしている颯人に近づき、助言のように告げた。


「腕の様子はどうじゃ」

「テメェに心配されるようなたまに見えるか?」

「減らず口が言えるならば心配はいらぬな。念の為、富士の霊薬を持ってきたが、どうやら杞憂じゃったな」

「はんっ。最初はなから止める気だったわけか。余計なことを……」

「仕方あるまい。《極東の最大戦力》と《常勝の化け物》が死闘を繰り広げるとあれば、どちらかが瀕死になるやもしれぬ。それは妾が望むことではない。勝負ありとわかれば、すぐにでも止めるのが知り合いとして正しいと思えるがな」


 颯人の切り落とされた腕は、傷口がふさがり、よく見ると再生が始まっている。永劫癒えぬ傷を与えるダーインスレイヴであっても、不老不死の再生は非常に遅くなるだけで完全に停止させることはできないようだ。ということは、あのまま続けていても結局は勝敗がつかなかったわけだ。


 本当、不老不死ってのは面倒な輩だな。俺が言えた口ではないが。


 しっかし、あれほど殺気立っていた空気が一気に和やかに変わる。小心者の俺からすればこの空気は心休まるのでいいのだが、二人の関係がよくわからない。友人ではないが知り合いで、死んでほしいほどに死んでほしくない。言うなればこういうことだろう。

 矛盾を武器にするやつってのは、行動まで矛盾するのか。それとも、ただ友人だというのが恥ずかしいのだろうか。もしも後者だったとすれば、それはそれで可愛げがあるな……日巫女だけは。


「ちょっとした里帰りだったが、これは少し見直しが必要なようだ。神埼……麻里奈だったか」

「……はい」

「貴殿には後日招集を掛ける。必ず出席せよ。わかっておるな? 神埼の尻拭いはきっちりとしてもらうぞ」

「承知……しました」

「い、いや待ってくれ!」


 そう言えば。そう言えば、忘れていた。


 麻里奈が……神埼家が日本の総元締めってどういうことだ!? 俺はそんなこと、一言だって聞いたことないぞ!?


 ずっと後回しにしてきた疑問。麻里奈が神様と婚約して日本を救おうとしたり、颯人たちが麻里奈をよく知っていたり、日巫女や望月養護教諭が神埼家が日本の総元締めと言っていたり……。

 神埼家って……麻里奈って、一体どういう存在なんだ……?

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