第41話 日出処の天子
戦いが黒崎由美によって強制的に停戦させられて約五分。未だに目覚めない颯人は由美さんの膝枕で深い息を吐きながら眠っていた。驚くことがあると言えば、気絶した颯人の姿が見るからに若くなっていることだろうか。しかしながら、俺達は由美さんの行動についての弁明をまだ聞いていない。
今かと待ち構えている俺たちに、眠っている颯人を撫でながら由美は、重い口を開く。
「別に、ハヤちゃんに悪気はないの……わかるでしょ?」
その言葉を、その通り受け取るなら、確かに颯人にも正義はあったため、そうとしか言えない。だが、颯人の過去を知っている俺には、どうしてもそうは受け取れなかった。由美さんは俺に向かって、颯人の過去を知るなら、颯人の行動はやんごとないことだろうと賛同を求めているのかもしれない。
そして、次の言葉で俺が考えていたことが正しいと証明される。
「ハヤちゃんはただ、誰よりも大切な人を救いたいから戦ってるの。君と同じ。自分のためじゃなくて、他人のために戦う。だから――」
「言わなくてもわかってますよ。その……颯人は間違ってないって。でも、一つだけ由美さんは勘違いしてますよ」
「……?」
「俺は、自分のために戦ってる。クロエを救いたいのは、助けを求められて舞い上がった男のプライドがそうさせただけだし、死にたくないのだって単に麻里奈やイヴと離れたくなかっただけだし」
「…………あぁ、そっか。だから君なんだね」
「え? それってどういう――」
全てにおいて合点がいったという顔になった由美が呟いた言葉について言及しようとした時、俺の言葉は遮られた。というのも、麻里奈に口を閉ざされて、続ける言葉が出てこなかったのだ。急に何をするんだと言おうと振り向いた俺は、麻里奈の顔を見て、何やら事件が起きていると悟る。
麻里奈の顔は青くなり、寒い季節に汗をかいていた。それだけで焦っていることがわかる。では、なぜ、という疑問が飛び出すのは当然な話で、果たしてその答えは飛び込んでくる。
麻里奈の視線に気がついて、由美さんが麻里奈の視線の先を見ると、感嘆な息を吐いて語る。
「久しぶり……
「ふむ。正確性を求めるなら、五百二十四年と六十七日十五時間三分ぶりじゃな。本当に久しい、黒崎義姉弟」
誰もの視線の先にいたのは、赤い……いや紅いドレスを着込んだとてもきれいな女性だった。見た限りの年齢は二十代後半で、気絶した先で見た颯人の嫁さんと同じくらいに美しい。けれど、由美さんの言葉で、その女性が颯人たちと同じ不老不死かなにかであることはわかった。
一体、この女性は何者なのだ。女性の登場で場の空気が一気に冷えた気がする。何より、俺の後ろに隠れるように肩を掴んだ麻里奈の手が震えていた。
少なくとも、只者ではないと理解した俺は、十分警戒しながら、女性に訪ねる。
「……誰だ?」
「なんじゃ、まだ気が付かないのか……あぁ、まあこの姿では想像もできまいな」
どういう……ことだ?
何を言っているのかわからない俺に対して、女性は少し待てと言ってその場で一回ターンする。すると、驚きも驚き、一回転した女性の姿が、正面に戻る頃には幼女と呼ぶに相応しいところまで小さくなり、美しかった顔も可愛らしい幼いものへと変わっていた。
そして、俺はその顔に見覚えがあったのだ。
「まさか……俺からコーンスープをもらったりしてないか?」
「うむ。あの時は世話になったな。市民の味というのも中々どうして美味だった。……ねぇ、
……ガッデム!! マジかよ……マジかよ、おい! あの時の幼女が、あんな……あんなに美しい女性に変身するだと!?
美しい女性の突然の変身に感極まっている俺に、後ろにいた麻里奈からチョップを食らう。しかし、痛みどころではない。その程度で俺の驚きは止められやしない。
俺と幼女に変身した美しい女性の会話を聞いた由美さんは、驚くこともせずにただあるべき事実を受け止めて言う。
「知り合いなんだ?」
「まぁな。少し故郷を散策していたところに、この子に会ってな。道を聞こうか迷うっておった
「じゃあ、魔女さんは幼馴染くんがお気に入りなんだ?」
「ふむ……それは少し違うぞ、黒崎義姉。この子がお気に入りなのではなく」
空気が重い。ただ世間話をしているだけだと言うのに、どうしたらここまで空気が重くなるのだと言いたくなるほどに、場が冷たくなっていく。
そうして、俺は自分の認識の甘さ……というより、考え方を変えることになる。加えて、麻里奈が震える理由もわかることとなる。
由美さんが言った魔女という単語。さらに、美しい女性の次の言葉が、全ても物語った。
「妾はこの地、日の本に立ち、大和の血を受け継ぎし子供、その全てが気に入っている。いや、愛している。なにせ
魔女と呼称され、少なくとも五百年以上生き、由美さんと対等に話し合える。それだけでも、すごそうなのに、今の言葉。自分は日本であるという宣言は、不老不死という存在を知る俺には、もうわかってしまう。
美しいバラには棘があるとはよく言ったものだ。けどさ。せっかく、黒崎颯人っていう強敵と停戦になったのに、どうして日本とかいう明らかに強そうな人が出てきちゃうかな!?
俺は右手に収まっているダーインスレイヴを握る力を強める。
もしも、目の前の幼女が颯人と同じ考えを持っているなら、俺と衝突するのは必然だ。いつでも戦えるように構えて置く必要がある。
そうやって、戦う準備をしている俺に、魔女と呼ばれた可愛らしい幼女は言葉をかける。
「そう力むな。別に妾は君と戦いに来たわけじゃない。むしろ、妾の役割はその逆。君を助けに来たんじゃ。御門恭介。最も若い不老不死にして、神々が作り出した正義の天秤を取る《
「俺の……味方ってことか……?」
「おうとも。妾は大和の血を持つ君たちが戦うことを良しとしない。黒崎義姉弟然り、君然り、妾の一族の血を引く神崎家の次期当主然り、な」
妖艶、けれどどこか明るい笑み。魔女と呼ばれる人の腹の底がわからないが、嘘は言っていなさそうだ。
されど、それはただ優しいと言うわけではない。いつから目覚めていたのかわからない颯人が、とうとう声を上げる。
「それで? 俺はどうなるんだ、
「妾はそう呼ばれることを好かん。正しく呼べ、黒崎義弟」
「お前こそ、俺の名前は正しく言え。さっさと答えろ、
ひみこ……?
なんだか、ここにきてとんでもない人が現れたんじゃないか。少なくとも、俺なんかが出会ってはいけないような偉人が目の前にいる気がする。
完全に静まった戦場で、日巫女が語るのは、もはや横暴としか言いようのないもので。しかし、それがまかり通ってしまうほどに、その言葉には影響力が強すぎて。逆らうことのできない命令のごとく、されどしたたかにそれは紡がれる。
「この戦い。勝敗は妾の預かるものとする。異論反論は以降一切を禁ずる。良いか。妾の国で、
その場にいた、全ての人が有無を言わずに首を縦に振った。あの颯人ですら、小さく笑うだけで文句の一つも言わない。颯人と由美さんはきっとただそれが正しいと思ったから頷いただけ。しかし、他の人は違う。日巫女が放つ殺気のような雰囲気がそうさせたのだ。
首を横に振ろうものなら、一瞬で殺される。不老不死、死ねない体を持つ俺ですら、背筋が凍りつくかと思うほどに全身に鳥肌を立たせた。これが、自分自身こそが日本だと言う魔女の強さ。神様と死闘を繰り広げでもしなければ、卒倒しそうな威圧に耐えて、俺はうるさい心臓に手を当てた。
そうして、膝枕をされている颯人から、麻里奈と同じく俺の後ろに隠れていたクロエに視線が飛ぶ。
「元気そうじゃな、黒痘の魔女……我が妹よ」
……今、もしかしなくても、クロエのことを妹っておっしゃいました?
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