第30話 無知の守護者

 何をトチ狂ったのか、俺は自ら面倒事に足を突っ込んでいた。目の前には俺を半殺しにした黒崎颯人。俺の横には心配そうな麻里奈を添えて、俺の裾を引っ張りながら不安そうに黒痘の魔女が俺の後ろに隠れる。普通の高校生では絶対に味わうことのないまずい状況にて、俺は自分の愚かしさにクラリとしてしまう。


 確かに、黒痘の魔女と呼ばれる幼女を黒崎颯人に渡すのは癪だ。できるならばしたくはない。しかし、黒崎颯人が言うように黒痘の魔女が本当に大量殺人犯であるなら、俺の手に余るのも頷けるし俺が養護する必要はないだろう。

 だた、一つだけ。たった一つだけ、俺が黒痘の魔女を守ろうとする理由がある。それは望まれたからだ。別に、望まれればほいほい助けるわけではない。だが、黒痘の魔女は悲壮に満ちた瞳で、見ず知らずの俺に助けを乞うた。それに、どれだけの勇気が必要かなど、考えるまでもあるまい。自分が犯罪者であるという自覚があるだけ更に黒痘の魔女の勇気が認めざるを得ない。


 だからこそ、面倒事だとわかっていても俺には、黒痘の魔女を何の理由もなしに見捨てることはできないのだ。


「そのガキの味方をするってことは、すなわち世界の敵になるってことだ。よく考えろ、御門恭介。お前は、世界の悪になるつもりか?」

「悪だとか、正義だとか。お前の口からはその2つしか聞こえないな。それに、俺みたいなただの高校生が世界の敵になれるなんて、ずいぶんと世界の悪ってのは安っぽい存在なんだな」

「お前は自分の存在をきちんと理解できていないようだな。不老不死ってのは、存在するだけで異常なんだ。異常が存在する日常なんてあり得るわけがないだろ?」


 ああ。また始まった。経験からくる、不思議な正しさが耳に痛い。言い返すことが難しい。ともすればふざけることすら許されない状況だ。さて、どうしたものか。


 俺は後ろに隠れる黒痘の魔女をそっと抱き寄せた。震えている黒痘の魔女に気がついたからだ。

 恐怖なのだろう。俺だって黒崎颯人みたいなやつに追いかけ回されるって考えたら夜も眠れない。黒崎由美なら少しはマシだろう。野郎に追いかけられるなんて死んでも嫌だぜ。美少女なら考えるがな!


 正しい言葉に加えて、凄まじい威圧が嫌でも体を震わせる。心をへし折りに来ている。しかし、俺は負けなかった。というよりも、負けられなかった。負けてしまえば、俺が正しいと思ったことを捨てるような気がしたから。

 なおも続く黒崎颯人の威圧を前にして、俺は早々に理解した。そして、俺は声高らかに言ってみせる。


「確かに、あんたの言葉は正しいよ。異常はどこまでいっても日常にはなり得ない。けれど、だからってあんたの行動の全てが正しいとは言えないだろ!!」

「なに?」

「やっと理解したってことだよ。俺には俺の正義がある。あんたにもあんたなりの正義があるんだろう。そして、それは見事に逆の立場だ。自分が正しいって言うには、俺はあんたを殴る以外に道がないってわかったのさ」


 一歩前に踏み出し、まっすぐに黒崎颯人を見る。すると、黒崎颯人は少し驚いたような顔になって、次の瞬間には笑みを浮かべた。なんだか、嫌な雰囲気を感じてたじろぎたくなるが、大見得を切った以上、引くことは諦めるしか無い。


 嗤う黒崎颯人は戦闘に関して何もわからない俺でも感じてしまうほどの殺気を放っていた。そうして、冷たい瞳を俺へと向けて謳うように言うのだ。


「死にたいようだな」

「……!?」


 ゾクリと、背筋が凍る気がした。まるで、今の一瞬でナイフを首元に立てられたかのような感覚に陥る。生唾が口いっぱいに出てきて、思わずそれを飲み込んだ。まず間違いなく、戦えば本気の戦いになる……いや、一方的な虐殺になりそうだ。黒崎颯人の気迫が、殺気が、この場の雰囲気が明らかに先ほどと違って見える。


 これが、望月先生が神の加護では黒崎颯人を止められないと言った本当の意味なのだろう。確かに感じられる、敗北濃厚な空気は嫌な汗をかかせる。まるで死が歩いてやってくるような気分だ。とてもじゃないが正気を保てそうにない。

 それでも嫌な汗を拭って、迫り来る正義の代行者を前に戦う意志を見せる俺との間に、一筋の希望が指し照らす。ただ残念なことがあるとすれば、その希望が俺の知りうる限り最大のトラブルメーカーだということくらいだろう。


「やあ、久しぶりじゃないか、黒崎颯人くん。どうしたんだい? そんなにも殺気立っちゃって」

「………………死神風情が何の用だ」

「何の用も何も、僕は仕事の帰りにここに来たのさ。僕の新しい友人である御門恭介くんに悪戯でもしようと思ってね」

「御門恭介が……友達だと?」

「ああ、そうだよ。別に構わないだろう? 僕が誰と友だちになろうともさ」


 希望の光とは、すなわちタナトスの登場だった。タイミングが良いのか悪いのか、タナトスは俺に悪戯をするために学校にやってきたらしい。しかも、話を聞く限り黒崎颯人と知り合いみたいだ。どういう関係なのかは知りたいとも思わないが、もしかすればどうにか丸く収めてくれるのではないかと淡い期待を持つ。

 しかし、タナトスが関わっている以上、そんなことには絶対になり得ないとわかっているため、念の為にこれ以上ひどくなる現状に対しての心構えを備えた。


 宙に浮いたままのタナトスは怒りを見せる黒崎颯人に対して軽い挑発を交えて、更に会話を続けていく。


「それとも何かい? 僕の友達は君が決めるっていうのかい? それはないよ。僕の母親ならばまだしも、人間風情が神様の友好の邪魔なんてできるはずがないだろう?」

「確かに俺にテメェの友好関係なんて決められるはずはない。そもそもテメェと関わることすら御免だ。だがな。そいつはたった今、世界の敵になったところだ」

「……? それは間違いだよ。まず以て有り得ない。君は考えを改めたほうが良い」

「……なぜそう言い切れる」

「なぜ? なぜかって? あっはっはっは!! 馬鹿かい君は! この期に及んで、この場において何故を言うのかい!? 理由なんて至極単純だろうに。何より、僕がここにいることが……僕が彼を友人と呼んだことが理由だって、どうして気が付かないのかな!?」

「テメェの話し方は一々頭にきやがるな。簡潔に話せ。これ以上、俺を怒らせるな」

「君が敵視する御門恭介くんはね。先日、神々ぼくたちと契約して、世界を守る側の人間になったのさ。つまりね。彼が正しいと言ったら、それは正しいんだ。君になら……わかるだろう・・・・・・?」


 まるで、黒崎颯人も同じだと言わんばかりの言い方に、俺はつい黒崎颯人を凝視してしまう。黒崎颯人はというと、何か言いにくそうに顔を背けた。そうして、タナトスが言った言葉をもう一度思い返すような顔になると、ハッと俺の方を睨みつけて、タナトスへと視線を戻す。


 どうやら何かに気がついたらしい黒崎颯人の様子を見て、タナトスの口は三日月がごとく釣り上がる。まるで悪魔のような顔になり、悪巧みをしているのが丸わかりである。


 タナトスは俺を助けに来たのか、それともたまたま居合わせた黒崎颯人を使って場をごちゃごちゃにしに来たのかをはっきりとしてもらいたいものだ。もしも後者なら、全力をもってぶん殴ってやりたい。


「やっと気がついたかい?」

「……まさか、御門恭介は昔テメェがうそぶいた戯言にでも選ばれたっていうのか」

「そう! まさしくそのとおりだよ! 人類では、その神殺しの大逆転を讃えて《常勝の神デウス・エクス・マキナ》。極東神話では人々に寄り添い共に歩もうとした神として《擬人神アイヌラックル》。北欧神話では人類を導き繁栄をもたらす存在として《希望の光リーヴ》。神話体系、立場、種族のそれぞれにおいて様々な呼び名はあるけれど、要は人類と神々の調節を行う、世界が認めた守護者まもりてが彼なのさ!!」


 …………いや、初めて聞いたんですが!? なにそれ、チョー厨二病!


 今更ながら、自分がどれだけ契約内容を気にせずしてタナトスと契約したことを知るのだった。

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