第19話 雷龍神の威厳
俺の右手に収められた真紅の刀身を持つ剣を見た黒服が、いろいろと悟ったように叫んだ後、互いににらめっこの状態が続いた。何を話すでもなく、俺達は見つめ合っていたのだ。
武装を持ったことにより、研ぎ澄まされた感覚が更に深まっていく。まるで、ダーインスレイヴが俺の肉体になったかのような感覚さえ思わせる。すでに、俺の体は俺の肉体ではない。感覚は野生のそれになり、思考は大切なものを傷つけられた後とは思えないほどにクリアになっている。
俺の頭にあるのは、目の前の黒服を退けるという考えのみ。他の思考回路は存在せず、効率のみを優先した考え方は、もはや人間の域を脱していた。
まるで獣だな、これは。
自分で自分のことを考えてみた。結果がこれだった。
何のひねりもなく、面白みもない答えだろう。俺もそう思う。けれど、今この場においては、最善の選択だったのだ。
やがて、黒服の方から言葉が向かう。
「剣を持っただけで、よもや勝ち誇っているわけではあるまい?」
「……」
「……全く、面白みもない人間だ。高が刃ごときで、俺の
「試してみるか?」
俺の挑発にキレたらしい黒服は、無言のまま左手から雷撃を放った。
しかし、その雷撃はダーインスレイヴの一閃により弾かれた。
「……何をした?」
「斬っただけだ。何も難しいことじゃないだろ?」
「バカを言え。人間に俺の稻妻が斬れるはずがあるか!」
「いつから俺を、人間だと思っていた。一度死んだやつが生き返るなんて……それはもう人間じゃないと、どうして思いつかない」
「人を辞めて、人を守護するのか。……愚かしさの極みだ。貴様、一体何を望んだっ!!」
「何も。俺はただ、俺の大切な人が笑って過ごせる世界を望んでただけだよ。ただ……それだけなんだ」
純粋に幸せになって欲しかった。笑っていて欲しかっただけなのに、世界はそれを認めてはくれない。特別に悪い少年ではなかったはずだ。人並みに善行はしてきたつもりだ。麻里奈だってそうだろう。どういう経緯かはわからない。どうして麻里奈が神様と婚約したのかなんて考えもつかない。
ただ、はっきりしていることがある。
麻里奈は、神様との婚約なんて望んでいなかったんだ。誰が麻里奈にそんな選択をさせたのかなんてこの際どうでもいい。麻里奈が最終的に選んだ選択なら、きっとそれは正しいんだ。認めたくないけれど、麻里奈の行為が正しいなんて何も理解していない俺から見てもわかる。
ただそれでも、そんなのはおかしいんだ。人間は、自分の命で他人の命は救わない。対価のない犠牲は絶対に負わないんだ。人が人を救うとき、そこには必ず権力や地位、財産が絡んでくる。どの英雄の話を見たってそうだった。
だから、誰もが肯定する麻里奈の行為を否定する。自分を救えない麻里奈は愚かだと、俺がそう叫ぶ。だって、愚者の俺が否定する麻里奈は、どうしようもなく聖女なのだから。届かぬ輝きを恨むのではなく、輝きを絶やさぬように見届ける。きっとそれが、俺が望んだ立ち位置なのだ。
「だから、俺は麻里奈を穢すやつを許さない。俺の幼馴染は、いつだって笑っているから可愛いんだ」
「生娘の笑顔のために戦うなどと、英雄ぶるのもいい加減にしろ。貴様はただの人間よ」
「違うね」
「……なに?」
「麻里奈の間違いを正すには、お前を倒さなきゃいけない。なら、俺はお前を倒すよ。……だから、俺はただの人間じゃない」
だって、人間なんてもう……やめてしまったのだから。
「ほざけ、人間ごときが!!」
怒りに身を任せた黒服は、地面を蹴って突進してくる。右手に収められたダーインスレイヴを腰より下げ、思いっきり振り上げると、目の前に真っ赤な花が咲く。そして、交差する俺と黒服のあとには、一本の腕が地面に落ちた。
その腕は黒服の機能を失った右腕だった。何が起きたのかがわからないというふうに呆然とする黒服の震えは、どうも怒りから来るもののようだ。
「もう手加減は終いだ。神の怒りを知れ」
空へと飛んだ黒服を目で追う。すると、黒服の背後に広がる黒い雲を見て、黒服が何をしようとしているのかを察した俺は舌打ちをした。
黒服の次の行動は雷を落とすことだろう。しかも、明らかに今までとは出力が違う。命中すれば塵も残さないかもしれない。もしも、そうなったときに俺がどうなるかよりも、俺の頭には近くにいる麻里奈の心配が大きかった。
けれど、その心配はどうも杞憂だったらしい。
懐かしささえ思わせる声が耳に届いた。
「きょーちゃん!」
「……麻里奈。よかった、目が――」
「聞いてきょーちゃん! あの神の名前はカンナカムイ! 天を統べる雷の守護神にして、空を駆ける龍神! あの雷を防いだら、カンナカムイにそれを超える武器はない!! だから、死ぬ気で防いで、きょーちゃん!!」
未だに全快していない麻里奈が、大嫌いなタナトスの肩を借りてまで、その言葉を俺へと届けた。タナトスのおかげで麻里奈は死ななかった。しかし、麻里奈の目はそこから動かないという硬い意志がある。多分、事の顛末を見届けようというのだろう。
まったく、頑固な幼馴染を持ったものだ。自分の命が懸かっているというのに、一歩も逃げようとしないなんて。これじゃあ、どうにもできないなんて言っていられないな。
「死ぬ気で防げ、か。無茶を言うな、ホント。でもまあ、一か八かやってみるか」
黒服――もといカンナカムイの最大の武器を防ぐ。できなければ、俺は大切なものを奪われる。
それは、それだけは絶対にやらせない。俺は左手をポケットへと忍ばせる。
「塵も残さず死に絶えろ、
次の瞬間、轟音とともに黒雲から閃光が降り注ぐ。
チャンスは一度切り。失敗は許されず、妥協も存在しない。ただ一度の最高の結果を叩き出す。
ポケットから左手を引き抜くと、そこに収められているものを親指で弾いて空中へ。弾かれたものは円盤状のメダル。タナトスはそのメダルのことを、《簒奪のメダル》と呼んでいた。ならば――。
「――
やれるはずだ。タナトスが言うような代物であるならば、神の鉄槌であろうともこのメダルなら奪うことができるはず……!!
メダルに直撃した閃光が、激しい発光と轟音を響かせる。そうして、最後に残ったものは――。
「……奪ったのか。この俺から――俺から、雷の神格を奪い去ったのか、餓鬼ぃぃ!!!!」
「そのとおりだよ……ど畜生」
思ったとおり、簒奪のメダルでカンナカムイから雷の一閃を奪い去った。同時に、俺はカンナカムイの最大の一撃を耐え抜いたのだ。
だが、本当に大変なのはここからだったようだ。
「許さん。貴様だけは……貴様は殺すだけでは済まさんぞっ!!」
雷の神格を奪われ、自慢の一撃さえも防がれたカンナカムイには後がない。しかし、カンナカムイにはもう一つの顔があることを忘れていた。
カンナカムイとは、麻里奈曰く雷神だ。でも、龍神でもあったのだ。俺が奪ったのは雷の神格のみ。つまり、カンナカムイには未だ以て、龍神としての力が健在ということになる。そして、俺の目の前に、龍神の威厳を見せつけたカンナカムイは、龍という名に恥じぬ御姿をしていた。
「……おいおい。もしかして逆鱗ってやつに触れちまったか?」
空を泳ぐように駆ける巨大な龍を見上げて、俺は焦りの表情を見せた。
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