第17話 青白い閃光

 麻里奈から頼まれた時間は三分。普段なら大した長さの時間ではないが、こと今に至っては女性の身支度よりも長い。果たして、それほどの間に俺は黒服の攻撃を耐え凌ぐことが可能だろうか。


 頬を両手で叩いて、俺は息をそっと吐き出した。


 弱音を吐くのはやめだ。できるできないじゃない。できなきゃ麻里奈が死ぬ。それだけを頭に入れておけば大丈夫。

 右足、左足、ついで両手が動くのを確認して、黒服の方を見る。堂々とした立ち回り。まるで自分が負ける要素がないという立ち居振る舞いだ。こうもいられると、やっぱり鼻っ柱をへし折りたくなるってしまう。

 もう一度、息を吐く。意気込みは十分で、俺の心は突貫のそれだった。


「じゃあ、黒服。第二ラウンドと行こうか」

「面白い。意気込む姿勢は良い。かかってこい。もう少しだけ遊んでやろう」


 言葉を合図に、先程の三倍の光の柱が天から駆ける。地面に到達するまで、コンマ五秒も有さないその攻撃を、俺は左目の未来視で紙一重に回避する。さらに、避けた先でもう一度、閃光が煌めく。黒服の攻撃に回避が追いつかないことを悟り、目配せでダーインスレイヴへ伝令を送る。

 すると、ダーインスレイヴがか細い四肢で地面をえぐるように俺の目の前へと移動すると、迫り来る雷撃をいなす。


 守りに転じても埒が明かない。あれだけの大出力の攻撃なら自分の近くなら使えないはず……っ!


 一気に地面を蹴って駆け出す。狙いは黒服の懐だ。雷撃が降る屋上を駆け、ダーインスレイヴの支援も受けながら、黒服へと突貫する。

 しかし、その行動を先読みしていたかのごとく、黒服の表情はニヤついたもので。次の瞬間、俺の全身にうねる熱線と、内側から弾けそうなほどの衝撃が走った。


「がっ……!」

「忘れたか。お前は一度、俺の手から放たれた稻妻いなずまによって殺害されているはずだが?」


 ずっと天からの雷撃だったために、黒服が自らの手からも雷を放てることを失念していた。

 だが、痛みに呻いている時間はない。地面を這う時間など、黒服が与えてくれるはずもなく、無慈悲な雷撃が追撃を仕掛けてきた。苦し紛れに、地面を転がりながらもそれを避けるが、正直手も足も出ない。


 唯一の救いがあるとすれば、それは俺の体についた傷は常人の回復速度と比べるまでもなく圧倒的に早いことと、それに伴って痛みが和らぐのが早いってことくらいだろうか。どちらにせよ、痛いことには変わりないし、なんだったらすぐに死ねないだけ苦しいだけかもしれない。

 でも、麻里奈の今後が懸かった戦いだ。おいそれと投げ出せるほど、麻里奈の存在は俺にとって軽くない。どれほど痛かろうと、死ぬまでは立ち上がらなければならない。


「ぐっ……がぁぁああ!!」

「神の雷撃を受けて、なおも立つか。さすが……というべきか」

「けっ。ただの学生を一撃で殺せないなんて、神様の攻撃っていうのも高が知れてるな」

「ほざけ。貴様が今立ち上がれるのは、一様に擬人神アイヌラックルの恩恵あってこそだろう。自惚れるなよ、人間ガキ

「そう怒るなよ。ジャパニーズジョークってやつだろう?」

「……いかれる神を相手取れるほど、強くなったと思うなよ、人間!!」


 さらに多くなった雷撃を前に、俺は呆然とする。


 自惚れるとか。そういうことは一切なかった。ただ、注意を俺に引きつけようとしただけなんだ。それが……こんな絶望的な攻撃をするほどに効果覿面こうかてきめんだとか。お前ら神様の沸点がマジでわけわかんねぇんだよ!!


 ダーインスレイヴが俺の前に立ち、迫る雷撃を振り払うが、やはり手数が多すぎるようで、防ぎ切れなかった雷撃がダーインスレイヴを襲う。雷撃を受けたダーインスレイヴが吹き飛び、俺の胸へと飛んでくる。それを抱きしめると、俺はダーインスレイヴの安否を確認した。


 大丈夫だ。……気絶してるだけか。伝説の魔剣というだけあって、体は丈夫なんだな。


 ダーインスレイヴの貢献もあって、俺への被害はなかったが、もう次の攻撃は防げない。

 さて、一体時間はどれだけ稼げたことだろう。まだ何も起きていないということは、約束の三分は稼げてないんだろうな。黒服は次の攻撃のモーションに入っている。俺は歯を食いしばって、これから来るであろう攻撃に耐えられるように全身に力を入れた。

 そうして、怒れる黒服の攻撃が、次々と俺の体を射貫いていく。


「――――っ!!」


 声にならない叫びが響いた。千切れそうな意識をどうにか保ち、倒れそうになる体を気合で起こす。震える膝に、ぼやける視界が限界を物語っていた。

 正真正銘の限界だ。次、同じ攻撃を受けたらもうどうしようもない。とどめを刺そうとする黒服の目は、とことん無慈悲なもので。逆に安堵さえ覚えるほどに清々しい。


 ったく、やってられないよな。でも、約束は果たしたぞ、麻里奈。


 約束の三分を告げる輝きが薄暗くなった屋上に眩く。煌めきの中心にいたのは、端に紙垂しでが付いた黒い弓を持つ麻里奈だった。その神々しさたるや、普段から言い続けてきたが、本物の女神のようであった。

 麻里奈と一瞬目が合うと、麻里奈の笑みが伺えて、もう我慢する必要は無いのだと悟り、膝を折る。そして、屋上に麻里奈の言葉が響く。



「――集めるは星の輝き

 ――我が望むは邪神を討ち滅ぼす正なる意思なり

 ――我が臨むは悪鬼羅刹を滅する最強にして究極の一撃

 ――我が放つは正を以って義を成す平和への一矢

 ――邪神を屠るが我が正義であるならば――――」


 大地から、木々から、生きとし生けるすべての正ある魂のことごとくから集めた輝きが、麻里奈の弓矢に集められ、凝縮されていく。圧巻の濃縮された正義の輝きは今、目の前の邪神を屠るべく照準を定める。

 ターゲティングされた黒服が、一瞬遅れて麻里奈のことに気がつくが、もう遅い。黒服を屠るべく、麻里奈の指から弓矢が離された。


「故に、貫き通すは限りなく収束する正義なりッッッッ!!!!」


 圧縮された高濃度の輝きを放つ弓矢が黒服へ迫る。攻撃は見えていただろうが、避けられるタイミングではない。完璧なタイミングだった。麻里奈の攻撃は必ず命中する。そうして、命中したが最後、この戦いは終結する。


 そう甘い夢を見ていた時代が、俺にもあったんだ。


 弓矢が放たれた次の瞬間。俺と麻里奈は唖然とした。眼の前で起きた事実が、受け入れられないというように、俺達はただ目に写った現実をまなこに焼き付けた。


「どう…………して……………………?」


 タイミングは完璧だった。避けられるはずがなかった。実際、黒服は避けてはいなかった・・・・・・・・・。放たれた弓矢を黒服は右手で掴み取ったのだ。高濃度に圧縮された光の煌めきは、黒服の右袖を吹き飛ばすところで激しい爆音とともに消え去った。


 俺たちの作戦は失敗したのだ。


「恥じることはない。こうして、俺の右腕を削ったんだ。むしろ、誇るべきだと思うが?」

「神である、あなたが……どうして破神の弓の一撃を耐えられるの……?」

「至って簡単な話だ。俺は神であるが、その起源は全く違う。空を駆ける蛇を、人はなんというか知っているか?」

「…………ぁ」


 何かを思い出したかのようなか細い声が、麻里奈の震える唇から漏れ出た。

 そして、麻里奈に問うた黒服の左手が指鉄砲を作る。その意味を知っている俺は、麻里奈を助けるべく動こうとするが、先程の雷撃のせいで体が感電していて動けなかった。俺と麻里奈の間は、距離にして六メートル。黒服の指鉄砲から放たれる雷撃を前にして、絶望的なまでの距離だった。


 逃げろ。逃げてくれ、麻里奈……!!


 動けない体が憎らしい。何もできない俺が、どうしようもなく殺してやりたい。

 そうして、その時がやってきた。


「人は、俺をと呼ぶのさ」

「やめろ……やめろォォォォオオオオ!!!!」


 青白い閃光が、麻里奈を射貫く瞬間が目に焼き付いた。

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