木漏れ日色の霊と僕

妖狐ねる

プロローグ「僕」

 涼風市の東側に広がる天然の森──その場所に、僕はいた。いつからいるのか、もはや思い出すこともできない。僕は記憶にある限り、ずっとここにいる。

 セミの鳴き声に紛れて、子供の話し声が聞こえる。女の子が2人と、男の子が1人。どうやら、今日も彼らが遊びに来たらしい。3人の子供たちは森の奥まで入ってくると、一本の木の前で立ち止まった。


「この木はどうかな?」


「あー、いそう」


「ちょっとこれ持ってて」


 女の子はそう言うと、手にした虫捕り網を男の子に預け、木の幹に手を掛けた。そのままスイスイと木を登り、太い枝の上に顔を覗かせる。


「あっ!」


「何かいたか?」


「ヒラタクワガタ!」


 どうやら彼らの目的は、木の上で昼寝しているクワガタムシらしい。女の子は躊躇なく手を伸ばし、黒光りする甲虫の背中を掴んだ。……と、目を覚ましたクワガタが驚いたようにアゴを閉じ、女の子の指を強く挟んだ。


「いてっ!」


 自身の体重を支えていた左手の力を緩めてしまったのか、女の子の体が重力に引かれて反転する。木の幹を挟んでいた靴がずるりと滑り、彼女は頭を下にして地に落ちてゆく。


「臨!」


「リンちゃん!」


 木の下で女の子を待っていた二人が、ほとんど同時に声を上げる。


≪危ない!≫


 その感覚が、僕を突き動かした。何か考えがあったわけではない。ただ、何もしないわけにはいかないと思ったのだ。


◆◆◆


 天地がひっくり返り、私の体が地面に吸い込まれる。その光景がスローに見えて、頭の中に「死」という言葉が浮かんだ。ああ、私は死ぬのか。まだ8年しか生きていないのに……。

 不意に、私の足が勝手に動いて木の幹を蹴った。視界がぐるりと一回転して、次の瞬間、私の両足は地面についていた。


「臨!」


「大丈夫!?」


「うん……大丈夫」


 今のは一体……私の体に何が起こったのだろうか?


「クワガタは!?」


「無事だよ」


 私は右手の人差し指を挟んだままのヒラタクワガタを、皆美が持っている虫かごに入れた。


 ──僕たちは今日、母さんの誕生日プレゼントを求めてこの森に来た。けど、これが私の人生にとって大きな出来事になるとは、この時は思いもしなかった。

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