第8話 伝承

 昔、領主様の若様が、農民の娘に手を付けなさった。娘は若様の優しい言葉に騙されて、世継ぎを産んで城に入れると思い込んでいた。しかし、そうはいかなんだ。

 王はその娘の腹が大きくなってきていることに腹を立てた。世継ぎのことでもめることになるからのぉ。若は、そんな娘は知らん、と言うた。娘は泣きながら訴えたが、腹を蹴られる、水をかけられるといった散々な仕打ちを受けた。

 だが、赤ん坊は降りず間もなく臨月だ。娘は『これは若の子だ』といってきかない。民衆の耳にも広がりはじめる。

 娘は捕らえられた。細い紐で足をいましめられて、まともに立つことすらままならん格好で、崖の上に連れて行かれる。そこで娘は裸に剥かれて、突き倒される。両足を縛られているから立つこともできん。魚か海老か蛇のように身体をくねらせて王の兵隊を見つめるだけじゃった。兵隊は言う。

「見よ。若の子供を身篭った言うは、蛇の化身なり。清浄な光に照らされてついに本性を現しおったぞ。この腹にいったい何を飲み込んでおるのだ。化物め」

 すると、農民がこう叫ぶ。

「ああ。家の羊が一頭おらん」

「あ、うちの豚もじゃ」

「この腹に農民の大切な家畜を呑み込みおって、いずれ若様までも食らう積りであったに違いない。それ、海へ投げ込んでしまえ」

 娘は飛沫の中に消えてしまった。が、この話には続きがあるのじゃ。


 娘をよく知る者も、知らぬ者も、蛇の化身なんぞという子供だましに騙されるものなぞおらん。王に逆らうことができないだけじゃった。が、この仕打ちはあまりにも酷かった。女たちは、王に向かって抗議したのじゃな。国家にとって女はあまり役に立たぬと思われていた頃のことじゃ。

 王は腹を立てて、楯突く女を片端から足を縛って海へと投げ込むように命じた。みな、あの蛇憑きの仲間だと言うてな。

 それでじゃ、その国には女が減ってしまった。男は慰みを隣国に求めた。そんな国がいつまでも続くわけがない。結局、隣国に征服されてしもうたよ。その国の女王は、そうして殺された女たちを偲んで、海に投げ込まれても魚の精となって今も生きてくれとの願いを込めて、ブロンズ像を建立して祭ったのじゃ。

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