第2話 伝承
伝承では、人魚とは魚型のセイレーンの事であった。セイレーンはその歌声で人を惑わし、眠らせて肉を食らう。1250年に魚型セイレーンに関するまとまった研究が報告され、十五世紀以降、人魚を見た、という人は大勢現れた。コロンブスもサントドミンゴ島付近を航海中に、波間で踊る人魚を見たという記録が残されている。だが、この時の人魚は歌わず、顔も醜かったようである。
もともと備わっていたはずの美貌は、時代が下がるにつれて、猿だか鬼だか知れない、フランス万博に日本という国から出品された、人魚のミイラさながらの不気味な面相へと変わっていったらしい。
実際に、ジュゴンや、マナティという海獣が発見され、人魚とは、長い航海の途中で、女に飢えた船員が、こうした海獣を見間違えたものであるという説明が、まことしやかになされてきた。
だが、現在もっとも広く流通している人魚のイメージは、ディズニーによるアンデルセン童話のアニメ化による「人魚姫」のものだろう。
「人+魚」という生物の全てが「人魚」と呼ばれ、中国の、その肉を食うと千年の寿命と若さとを得るとの言い伝えなども、そのまま継承された。
元々、イメージだけであった人魚は、様々な地域の「魚と人間との間の生き物」のもつ伝承を自在に混交しながら、「美しい顔派」と「醜い顔派」という二つの系統へ収斂していったのである。
だが、私たちを襲った生き物を「人魚」と呼ぶからといって、上記の性質を継承しているのだと思い込まないでいただきたい。
科学者として、私は現実に見たものから、生物学上考え得る仮説を立てようとした。科学は、今、確認されている事物を合理的に説明する方法である。その方法で説明できないことが生じたときには、速やかに修正されなければならないのが科学だ。
だが、現在の科学は、むしろ例外的な事物の方を亡きものにしようという権威がはびこっている。私は、仮説を立証するため、人魚を捕獲しなければならなかったのである。
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