まきや



 私は水。


 いつもは、そんな風には考えられない。だってたくさんの、数え切れないぐらいの私がまわりにいるんだから。


 そんな中にずっといるとどうなるか、わからないでしょう。まわりの子たちが、私とくっついて、自分なのか仲間なのかも区別できなくなる。


 それで結局、私はいろいろな事を考えるのをやめてしまう。だってその方が楽だから。


 たくさんの仲間があつまると、またひとつの大きな「私」になる。そのひとつとして身を任せているのも気持ちがいい。


 たいていの時間、私は世界でいちばん大きな私のひとつになって、水たまりの中で暮らしている。水と言ったけど、その時の私は普段よりだいぶ塩からい。


 たまに私は動きまわる生き物の中に、小さくなった仲間と共に滑り込んで、その子と一緒に暮らしたりもする。


 散歩みたいなものね。透明なうちは外が見えていいけれど、たいていその子は少し大きい生き物に食べられちゃって、しばらくは暗闇の中で過ごす。でもまた明るい外に出て、あとはその繰り返し。


 運がいいと、ぐるぐる廻る流れにのって、水たまりの上の方に出られるの。


 そして風と一緒に空を飛べる時がある。その時の私は、薄っぺらに伸ばされて、なんだかぼーっとしている感じ。だからあまり考えられない。


 風にのってどんどん空高く上がると、すごく寒くなってくる。そうすると、どんどん自分が縮んできて身体が重くなるから、みんなでぎゅっと手をつないでいる。落ちないようにゆらゆらしているだけ。


 この時の私はとても長い旅をする。


 空に上がってすぐ下を眺めると、さっきまで一緒だったいちばん大きな私――海が見えるわ。

 やがて茶色のデコボコした土の所にくると、緑の生き物がたくさん揺れている。その子たちは腕を伸ばして私たちをしきりに求める。たいていは無視するけれど悪気はない。だって私の意志じゃあ、降りれないんだし。


 旅の終わりはいつも突然。私たちはどんどん太りだして、下の方に集まってくる。周りの仲間たちの手がプルプルと震えて、だんだん辛くなってきて、やがてひとりずつ、落ちる。


 仲間が減ってきて、減ってきて、次は誰の番? いつ落ちるかと待っているのは、いつもドキドキさせられる。


 一瞬ふわっとして、はじけるように、仲間の手が離れる。私は傘みたいな形になって、ジャンプ開始。


 この時、私は初めて、ひとつの私になる。


 だって、くっつく仲間がいないから。自分イコール私。そうなると不思議に、どんどん考えられるようになるの。


 周りの事だってよく見えてくる。だからこの時間が本当に大好き。


 最初はびゅうびゅう吹く風に飛ばされて、白い霧の中をどんどん落ちていく。上の方とか下の方とかに、一緒に落ちるたくさんの仲間がいるのを意識しながら。


 もうすぐ霧の外に飛び出すわ。そうしたらどこに向かっているのかがわかる。


 白い布を引いたように世界がぱっと広がって、下の世界が見えてきた。


 不思議なことに、そこはとても明るかった。あれ? 私は不思議に思った。だって私が降りる時はいつも光なんてない。真っ暗だったり灰色だったりが当たり前だったから。


 少し遠くに大きな仲間の塊がみえる。どうやら私のいたところは、仲間たちの家の端っこのひとつだったみたい。


 私が落ちながら向かっているのは、広々とした海岸だった。たくさんの砂があって、海岸線がうねりをたてて動いているのがわかった。


 ところどころ、地面に私たちが作った水たまりができているのが見えた。


 いつもは見えない太陽が、私たちが描いたどこまでもまっすぐな線に向かって、落ちていくところだった。


 陽の光が筋となって大地を横から照らしている。とてもきれい――こんな空気は初めて。


 やがて地表が近づいてきて、私のたどり着く場所もわかってくる。


 このままいくと、どうやら海ではなく、ただの砂浜の上に落ちるらしい。海からの風に流されたせいだった。

 さっき見た仲間のひとつは、うまいこと海鳥の上に落ちた。まだ空を飛べるなんて羨ましい。

 私はいずれ砂の上で乾いていって、また空に帰るんだろうけれど、それまでを思うと退屈だろうな。憂鬱な気分になった。


 諦めかけていたその時、もういちど風が吹いて私の身体がふわりと浮き上がった。


 すこしだけ空を漂うと、また私は落ち始めた。


 その先に水たまりがあった。まだできたばかりで大きく、砂も水を吸いきれていない。先に落ちた新しい仲間たちが作った水面は、鏡のように透明で澄んでいた。


 そしてそこに映っている景色は、諦めかけていた私をとてもドキドキさせた。


 一面の橙色とうしょくの夕焼け。

 空と砂浜と海は、くっついたように、すべてオレンジの空気で染められていた。


 水たまりの鏡の景色にせまるに連れて、私はその世界に飲み込まれる感覚に包まれた。


 落ちているはずなのに、まるで空を見あげ、昇っていくようだった。


 こんな楽しい時間もあるんだね。


 雨粒の私はそう考えながら、その鏡の世界の一員となるべく、水たまりに落ちていった。



(私  終わり)

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まきや @t_makiya

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