さしゅごしゅ! ⑥-2-1

キルヒギール領の領主の館に第三王女ことエリザベート王女殿下が強制搬入されることになった。が、荷物だの使用人だのと一緒に護衛をたくさん引き連れて大名行列しながら来るので準備にしばらくかかるらしい。


王都からキルヒギール領伯爵邸までは1153kmの距離がある。


王族専用馬車で日が昇る朝六時に出発し日が暮れる夕方六時までで走らせたとしても移動できる距離はおよそ百キロか。


旅程なんかも考えるとこっちにつくまで一か月くらいかかると思われる。


その前に館の大掃除をしなければ。


そうだよ、そのためにディオネを雇ったんだよ。今までなんか色々あって放置してたけどもうそんなこと言ってられない。夏休みの宿題を終えていないのに夏休みが終わりかけているかのような切迫感に急き立てられ俺は大慌てで帰郷する。


王都を出るまでは威風堂々とゆったりと。王都から十分に距離を取った辺りで部隊を解体し馬車や旗などの荷物を回収。集団転移するため転移ポイントを設置し烏女らを神樹庭園までピストン輸送。犬どもはダッシュで帰らせた。


別に動物虐待をしたかったわけじゃない。同じ魔法を連続使用するとリキャストタイムが雪だるま式に増え一定回数を超えるとしばらく使えなくなってしまうからだ。スキルの都合で一度に五人までしか運べないため往復で九回も使う羽目になった。


もうしばらくは転移を使えないが、それでも俺には急ぎ烏女を運ばなければならない事情があったのだ。


うん、そう。家の掃除です。




◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆




神樹庭園に帰還した俺は次元門座標点がある世界樹の近くでボケっと休憩していた。


烏女達に掃除をさせるためメイド服を支給。着替え命令と一緒にお昼休憩を一時間与えたのでもうしばらくはここでのんびりしていなければならない。


一時間ってなんかやってるとあっという間なのに黙って待っていると結構長い。自然と周りの景色に目がいってしまう。


そういう流れで何気なくあちこち見まわしていたら、長くなった雑草に紛れて元気なく生えている見慣れない苗木らしきものを見つけてしまった。


――一本だけ? 苗木?


何の木だろう。とは思ったが、調べる程ではない。そこまで興味は無かった。


なので俺は苗木の事を記憶の奥へと押しやりまたぼんやりと烏女らが戻ってくるのを待つ。


そうして五分ほど経った頃だろうか。ディオネと、遅れてマルギットが駆けてきた。


「ご主人様、ご相談させていただきたいことが。新しい世界樹の苗木の扱いについてなのですが」


ディオネの視線の先にあるのはさっき見つけた――一本だけ生えていたまだ十センチ程度の――苗木。


――新しい世界樹、の苗木?


言われてよく目を凝らして見れば、確かに世界樹同様うっすら光っているような。


これって世界樹の子供だったのか。自己主張が控えめでわからなかったよ。


「いかに聖域といえども、世界樹は二柱共には生きられません。このままだと現役の世界樹の影響で苗木は枯れてしまいます」


ディオネのご相談は世界樹の生存競争について。


世界樹はその根に独自の聖粒輝変換障壁を持ち、周辺大地の性質を自分の都合に合わせて変質させてしまう能力を持っているらしい。なのでいかに自分の種から育った木であったとしても大地を巡った領域争いを回避することは出来ず、負けた方は栄養失調を起こし枯れてしまうんだそうだ。


なんでそんなことに? という俺の疑問にディオネが続けて答える。


「世界樹とは本来、元気なうちには種を作らない植物なのです」


寿命などで弱った時に一粒だけ種を吐き、親木が枯れた後その役割を引き継ぐかのように新たな若木が育つというのが世界樹の世代交代の習性らしい。ここの世界樹はついこの間まで寿命間近であったというから、恐らくは既に種を吐き出していたということなのだろう。


そしてたぶん、種は成長しないままその辺に転がっていた、と。


「土地の力が不足していると種は芽吹かないまま種であり続け、やがて死にます。大地そのものが世界樹の生育基準に満たなくなってしまった場合、世界樹は親子共々死んでしまうのです。しかし今回は、それとは逆なことが起こってしまって――」


死にかけていた世界樹に俺が魔力を流しまくったせいで土地にも膨大な魔力が流れてしまい、それが庭園を循環してしまった影響で種子が目覚め芽吹いてしまった、と。


――しまった。中に出し過ぎたか。


土地の力がみなぎった余波で起こった事態、となると知らぬ存ぜぬを通すのは悪手だろう。「貴方のせいで出来たのよ!」と言われ「他の要因があったのでは?」と言うのは何でかわからないけれどよくない気がする。なんでかわからないけれど。クズとかゴミとか外道とか言われそうな気がする。


――ここは真摯な態度が肝心か。

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