第254話


後を付け回していた冒険者たちがトラップの中に飲み込まれた頃、さくらは目の前に広がるさまざまなサンドウィッチに歓声をあげていた。


〖 こら!誰ですか!

手を綺麗にしないで、イスにも座らずに「いただきます」もしないで手を出す悪い子は! 〗


ハンドくんたちに止められて、さくらの手は皿まで届いていない。


「ハンドくーん!は・や・く!は・や・く!はーやーくー!」


おあずけ状態のさくらは、ぴょんぴょん飛び跳ねながら両手を差し出して浄化クリーン魔法をかけてとねだる。

そんなさくらの鼻にハンドくんは人差し指をツンとあてる。すると、さくらはピタリと動きを止めて大人しくなる。


〖 ごはんを食べる前は? 〗


「ちゃんと綺麗にしてから」


〖 はい。よく出来ました 〗


さくらの頭を撫でながらクリーン魔法を掛ける。


〖 では座って食べましょうね 〗


「はーい。いっただきまーす」


パンッと手を合わせてから近くのサンドウィッチに手を伸ばす。

コッペパンに挟まれた生サーモンのサンドウィッチ、ジェノベーゼソース付き。


「おいし〜!ねえ、ハンドくん。

これってハンドくんの『手づくりソース』だよね?」


〖 どうかしましたか? 〗


「・・・味がね。なんとなく違う?」


〖 はい。大当たりです。

そのソースを作ったのはヨルクです。

バジルの葉を少し多めに入れたようですね 〗


「オイルは?」


〖 増やしていません 〗


「だから、市販よりはハンドくん寄りだけど、味がビミョ〜に違うんだね。

あと、松の実はちゃんと炒った?」


〖 ・・・どうやら炒ってないようですね。

ぜるのが怖かったようです 〗


「松の実は、弱火でフライパンを振りながら乾煎りするんだよ?」


〖 ・・・全部ミキサーに突っ込んだようですね 〗


「アハハ。ヨルクらしー。

でもミキサーの熱で、バジルの香りが飛んでないのスゴいな〜」


さくらは笑いながら、サンドウィッチを食べていく。


「うん。これが『ヨルクの味』なんだね」


〖 そうですね。

そして、それぞれの味が分かるさくらもスゴいですよ 〗


「へへへ〜。

私はハンドくんの味に馴染んでるからね〜」


〖 私の味はそのまま『さくらの味』ですからね 〗


さくらの料理を覚えて同じ味を作り出したハンドくんたちの努力を知っている。

だからこそ、さくらは自分の味より『ハンドくんの味』が好きだ。

そして、新しく『ヒナリの味』と『ヨルクの味』が増えた。


「ねえ、ハンドくん。

ハンドくんの味とヒナリの味にヨルクの味。

ぜーんぶまとめて『家族の味』だね」


そう言って笑うさくらの頭を撫でるハンドくん。


「でもね、ハンドくん」


私の『絶対いちばんの家族』はハンドくんだよ。


『もちろん。私の『絶対いちばんの家族』はさくらだけですよ』


ハンドくんの言葉にさくらは嬉しそうに笑った。




さくらは『美味しいお昼ごはん』に大満足していた。

そして、ヨルクとヒナリにも『楽しい時間』だった。

そう。ひとつひとつに感想を言いながら「おいしい。おいしい」と笑顔になるさくらをハンドくんはずっと見せていたのだ。


「ねえ、ハンドくん。

ハンドくんの味とヒナリの味にヨルクの味。

ぜーんぶまとめて『家族の味』だね」


その言葉に二人が感激したのは言うまでもない。

ヒナリは料理の腕を磨くために次に作る料理をハンドくんと本を広げて選んでいるし、ヨルクも簡単なものから挑戦する気だ。

ただし、ハンドくんからは〖 料理の練習は『仕事』を終えてからです 〗と言われている。

さくらの部屋に繋がった扉。

そのくぐった先にある、『さくらの世界のキッチン』で料理を教えられている。

ハンドくんがしっかりと管理してて、ヒナリとヨルクは勝手に触れる事も出来ないが・・・

もちろん。二人は勝手に触らない。

そして分かっている。

その『最低限の約束』を守らなければ、二度と料理をさせてもらえない事を。

使い慣れていない危険なキッチンを、軽い気持ちで使う事は出来ない。

それも『さくらの世界』のものだ。


最初に『キッチンの危険性』を、セルヴァンたちも含めて5人は教えられた。


その時に創造神から、さくらがこの世界に来た原因が『ガスによる大爆発』だと聞かされた。

さらに、テレビで『爆発事故』の特集番組をみせられた。

・・・ジタンが一番ショックを受けていた。

逆に、セルヴァンとドリトスは初めて『さくらの部屋』に入った時に気付いていたようだ。


「あの時、部屋が闇に覆われた。

その前にテレビに映っていた『荒れ地』をみたさくらがショックを受けていた。

俺とドリトスはあの時聞こえた『爆発事故』という言葉から『さくらは爆発事故がキッカケでこの世界に来た』と考えた」


セルヴァンの説明に、若者3人は驚いていた。

特にヨルクとヒナリは、その時その場に『一緒にいた』のに気付かなかった。


「さくらに言うなよ」


「・・・言わねーし聞かねーよ」


セルヴァンの言葉にヨルクはぶっきらぼうに返す。

ヨルクは自分の生命を守るために両親が『ガイ』を展開して亡くなった。

今でも「ヨルクの両親はどうして死んだ?」と聞かれるのはヨルクにとってツラい事だ。

・・・聞かれる度にヒナリが「私たちの親たちは『マヌイトアの襲撃』に巻き込まれて、ね」と返していた。

さくらもきっと「さくらはなんで『この世界』に来たんだ?」と聞かれたらツラいだろう。

ヨルクは大切なさくらに『自分と同じツラさ』を与えたくなかった。




ハンドくんが『ケセラン・パサランの故郷』にさくらたちを連れて来たのには、『つけてきた冒険者たちを片付ける』以外に理由があった。


『ずっと閉じられていた壁が開けば、濃い瘴気が溢れて来ます。

さくらはともかく、瘴気に強い獣人とはいえ子供のスゥたちでも、その瘴気に悪影響を受けるでしょう。

特にシーナとルーナは、一度瘴気に悪影響を受けました。

ですから、さくらたちが入る前にあの扉を開く必要がありました。

そこに、さくらを狙う連中が『偶然』いて、開き始めた扉に気付いて『自ら』降りていった。

・・・それがナニか?』


創造神がハンドくんに『影響があるのに気付いていて、何故あのような事をしたのか』と聞いたのだ。

それに返されたのが前述だった。

しかし、疑問が頭をもたげる。

トラップは『大した事はない』ものだ。

ハンドくんもそれに気付いているだろう。

・・・ただ、彼女たちがトラップにハマったままなら、『瘴気はトラップを維持させるためにそちらへ溜まり続ける』。

実際、濃厚な瘴気が流れたのは扉を開けた時だけで、今は他の階と変わらない微弱な瘴気しか残っていない。


『気付いているようですね』


ハンドくんもやはり気付いているようだ。

しかし、これは危険ではないか?

彼女たちがトラップから出てしまえば、瘴気の消費はなくなり、瘴気が濃くなってしまうだろう。


『連中は出てこない』


『それはどう言う事だ?』


『連中は『ヒナルク』を追っている。

どこまで降りても追いつかない。

しかし『ここまで来たのに諦めて戻る』選択肢はない。

あと少しで追いつくかもしれないからな。

そして『ヒナルクを狙うライバル』がいる。

自分の脱落はそのまま『周りを喜ばせる』だけだ。

もちろん、脱落した以上、二度とヒナルクに近付くことも追い続けることも出来ない』


創造神は大きく息を吐いた。

ハンドくんの説明読みは間違っていないだろう。

それも、彼女たちは濃い瘴気の中にいるのだ。

『欲望に忠実』になっているだろう。



『・・・ハンドくん』


『さくらは守ります』


『ああ。頼んだよ』


ハンドくんは、さくらたちがダンジョンを踏破すれば、トラップにハマった彼女たちを解放するだろう。


『別に放置していれば、大きくても弱い魔物しか出ない安全なダンジョンになりますね。

下手に出しても、また追い回されては困りますからね。

・・・遅くても、さくらが『神の館』に戻る頃には出してあげます』


創造神は、それまでには自力で出てくることを強く願った。

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