第240話


ご主人と師匠、そしてスゥを探して隣の町へと向かった。

しかし、私たち2人だけでは町まで辿り着けなかった。


『次の町まで歩いて向かう』


そんなことも出来なかった。

地図がないため、街道がふた手に分かれた分岐点で動けなくなった。

2つの矢印には、それぞれ何か書いてある。

でも・・・それが分からなかった。

左手の矢印には『エバステン』。

右手の矢印には『ギルモア』。

どちらも『人の名前』だと分かった。

これははたして町なのだろうか。

誰かの家なのだろうか。


・・・そして、どちらに行けばいいのか分からなかった。






私たちは、またユリティアへ戻って来た。

・・・戻るしかなかった。

とりあえず、冒険者ギルドへ行って、ドロップアイテムを売り捌いてお金にしよう。

そして、今度は何を買おう。

塩とフライパンは買った。

他の調味料も買おうか。


そう思いながら門番の前に進む。

今日は『鯨亭』の亭主だった。


「お前らに、ヒナルクからの伝言だ。

『何をしている』

それだけだ」


「ご主人様に、お会いされたのですか?!」


「ああ。3日前に出て行ったがな」


「他には?ご主人さまは私たちのことを何か・・・」


ルーナも珍しく声をあげた。

最近は声を出すこともなく、元気もなくなっていた。


「・・・俺がお前らに預かった言葉はそれだけだ」


「そう・・・ですか」


その言葉に、私もルーナも落ち込んでしまった。

やっぱり、私たちはご主人様から『捨てられた』のだ。

だから、私たちに掛ける言葉などないし、『これ以上つきまとうな』ということなのだろう。





「お前らへの言葉はそれだけだがな。

俺が聞いた話では、お前らを『捨てた』わけではないようだぞ」


亭主の言葉に顔を上げた私たちに、ご主人様から聞いた話を教えてくれました。

ご主人は『落ち着いて冷静に行動出来れば、もっと『正しい行動』が出来る』と仰っていたそうだ。

たしかに、最近の私は冷静ではありません。

そして、スゥとのレベルの差がドンドン開いていくのを悔しく思っていた。


深呼吸をして、心を落ち着かせてみる。


・・・私は途中から『ルーナを庇うこと』をメインにしていた。

何考えていたんだろう。

私は従者という立場なのに『ご主人様を守る』ことも考えなかったなんて・・・!


その時から、私は『従者失格』だったんだ。




『ルーナは・・・誰かに依存しすぎる。

『戦う』と決めた以上、覚悟をしなければいけないのを、シーナとスゥの存在に甘えていた』


そうご主人様が話していたと知り、私は隣で青褪めているルーナを見る。

私の服にしがみつき震えているのは、ご主人様から『現状を招いた原因』と遠回しに責められていたからだろう。


私たちを『共闘』に分けた方が一番良い。

そう聞いて驚く私に、『スゥはパーティを抜けて『共闘関係』になった』と教えてくれた。

スゥは、ご主人様からも師匠からも実力を認められて、『ご主人様と対等の立場』になった。

すでに従者から『護衛』にランクアップしていたが、そちらはそのままらしい。

そしてスゥは『読み書きも計算も料理も出来るから心配していない』そうだ。

『鯨亭』のメニューも自分で読めているらしい。


・・・私がスゥにまさっているものは、何もなくなってしまった。





ルーナは町に入ってからずっと私の右腕にしがみついている。

私に捨てられないように、と思っているのだろう。

町の中を歩く私たちを、周囲から白い目と陰口が届く。

スゥの礼儀の良さが称賛されている。

続いて「それに比べて」という言葉に続くのは、私たちを批判する言葉だった。

中でも多いのが『屋台でも大人しく並べない』だった。

たしかに、屋台の列に並んでいてもルーナは繰り返し「まだ?」「あとどれくらい待つの?」「お腹空いた」「いい加減待ってるの疲れた」と言い続けて大人しくしていない。

私の背が高いから、「うるさいわねー」「しつけがなってないの?」という大人たちの声が聞こえる。

その度に、嫌がるルーナを無理矢理引き摺って広場を離れていった。

なぜ、静かにするように注意しなかったんだろう。

ご主人様の言っていた通り、私は冷静になれば『正しい行動』が出来る。

今になって『正しい判断』が出来るなんて・・・


冒険者ギルドに入ると、ルーナの手を離して魔獣の肉やドロップアイテムを売却する。

銀貨15枚と銅貨30枚にしてもらった。

そして、膝をついてルーナと目の高さを合わせる。

それだけで怯えるルーナ。

ここがギルドで、今まで残していた魔獣の肉まで売却してこともあり、『パーティの解散』を告げられるのではないかと思っているのだろう。


「ルーナ。よく聞いて。

私たちはこれから『やり直そう』。

私はずっとルーナを甘やかして、自分もご主人様や師匠、スゥに甘えてきた。

だから、それを止めて、もう一度2人で『ご主人様に信頼してもらえる』ようになろう」


私の言葉に、ルーナは泣きながら抱きついてきて何度も頷いた。




ずっとルーナは怖かったのだろう。

ご主人様から離れてからずっと・・・

私はそんなルーナの気持ちすら考えたことはなかった。

気付いてフォローすることもなかった。

いま、ルーナは泣き疲れて眠っている。

そんなルーナを抱えて、私は受付へと向かった。


「すみません。私たちでも泊まれる場所はありませんか?」


「このギルドの上は『簡易宿泊所』になっていますよ」


受付の職員に言われて、はじめて『階段の上』のことに気付いた。

カウンターの外側に階段があるということは、冒険者が使える何かがあるということだ。


「ご案内しますね」


そう言われて、職員の1人が階段の上へと案内してくれた。

上には宿屋と同じ個室が並んでいた。


「こちらはお1人様用です。お2人で泊まられるならもう1つ上の階となります」


「2人部屋でお願いします」


「はい。それではこちらへどうぞ」


3階につくと、部屋の広さは下の1.5倍あった。


「ここでお願いします」


「はい。こちらは一泊銅貨3枚となります。

ちなみに下の部屋は一泊銅貨2枚となります」


ルーナを抱えたままではお金が出せない。

そのためルーナをベッドに寝かせようとして、ルーナが汚れていることに気付いて、ルーナと自分に浄化魔法を掛けてから寝かせた。


「5日間、泊まります」


「はい。それでは銅貨15枚となります。

次からは、下の受付で宿泊することを伝えて頂ければカギをお渡しします。

それではごゆっくり」


「はい。ありがとうございます」


カギを受け取ると、職員は部屋を出ていった。

カギをかけて、空いているベッドに腰掛けた。

眠るルーナを見て思う。

私は『勘違いをしていた』と改めて思った。

『守る』ということは、こんな風に『疲れさせる』ものではない。

もっと別の・・・『正しく導き、必要なら叱る』ことじゃないか?


今になって、やっと気付いた。

普段の私だったら、ダンジョンの外に出されたら、ダンジョンの中へ駆けて戻っていた。

ルーナもそうだ。

私が「ご主人様の所へ戻ろう」といえば頷いたと思う。


「ふ、あ・・・」


なんか、久しぶりに安心したら眠くなってきた。

起きたら。

ぐっすり寝たら、きっと少しは『私らしい私』に戻っている。


私はベッドに潜り込んで、目を閉じた。


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