第228話



「ご主人。師匠。お願いがあります」


食後にデザートを出してもらい、久しぶりに『子どもらしい』反応を示したスゥだったが、寝る前にさくらに向けて真っ直ぐな目を向けた。


「どうした?」


「はい。明日以降のことです。

シーちゃん・・・シーナやルーナが、もし『別の道』を進むことになったとしても、私はご主人たちとご一緒させて下さい」


「お願いします」と頭を深く下げるスゥ。

必死に訴えるその姿は痛々しい。


「スゥ。頭を上げなさい」


「はい」


断られるんじゃないか。

そんな不安そうな表情で緊張している姿は、まるで刑を申し渡される罪人のようだ。


「スゥ。私もハンドくんも、スゥを放り出す気はないよ。

ただ・・・シーナとルーナは、ね」


〖 彼女たちは『従者失格』になりました。

この先、彼女たちと『再契約』をするにしても従者にはなれません。

せいぜい『荷物持ち』でしょう 〗


『従者失格』の言葉に驚いたスゥだったが、「契約の『従者は主人からの命令以外で、主人の側を24時間以上離れてはならない』に違反したからですね」と失格の理由を言い当てた。


〖 その通りです 〗


「これは彼女たちが『選んだ道』だからね。

彼女たちが『やり直したい』と願うなら、二手に分かれてダンジョン攻略を続ける。

たもとを分かつなら、町まで連れて行くし金は渡すが武器と防具は返してもらう。

もちろんハンドくんたちの補助はない。

それを聞いた上で、改めてスゥはどうするか、どうしたいか。

よく考えて、後悔しない道を選んで。

答えは明日・・・ダンジョン入り口にいるであろう彼女たちと会った時に聞くから。

今日はもうおやすみ」


さくらが話を終了させるとスゥは「ご主人。師匠。おやすみなさい」と就寝の挨拶をすると自分たち用のテントへ入って行った。


『さくらも、そろそろ休んでください』


頭を撫でるハンドくんの言葉に「ん・・・」とだけ返事をしたさくらは、スゥの入って行ったテントを見つめている。


『さくら。寝る気がないなら『強制的に眠らせる』だけですよ』


寝る!寝るから!

だからハリセンは禁止!


さくらが慌てると、『はい。では明日は『ボス戦』と『従者失格』が待ってますから、もう寝ましょうね』とテントへ誘う。

ハンドくんがさくらを寝かせるのに、ハリセンも睡眠スリープ魔法も使う必要はない。

ただベッドに運び、ダッちゃんを抱かせて頭を撫でていればいい。

ついでに、左手のハンドくんが優しく身体を叩くと、さくらは安心してすぐに眠れるのだ。


「ハンドく〜ん。手ぇ〜」


〖 はいはい。今日も一日お疲れ様でした。

おやすみなさい。さくら 〗


「おやすみ〜。ハンドくん」


さくらの手を握り、頭を撫でるのは左手のハンドくんに任せる。

明日になったら、シーナたちと別れるかもしれない。

もしかしたらスゥとも。


そんな寂しさから、手を握って眠りたかったのだろう。

『ひとりじゃない』と思いたくて・・・


さくらのスマホから、ショパンの『夜想曲ノクターン 第2番』と『夜想曲ノクターン 第20番』を繰り返し流す。

すると、さくらの強ばっていた気配とさくらの手のチカラが少しずつ柔らかくなっていく。

それと同時に、さくらの身体からチカラが抜けて、しばらくすると「くぅー」という可愛い寝息が聞こえてきた。


〖 寝ましたね 〗


〖 ええ。スゥは大人しく眠りましたか? 〗


〖 いえ。しばらく考えていましたが、私たち『スゥ担当組』を呼んで「これからもご指導お願いします」と頭を下げました。

それで気が済んだのか、今はぐっすり眠っています 〗


スゥは、さくらについていくことを選んだようだ。


〖 良かったですね。さくら 〗


さくらにそう言うと、安心したように微笑んだ。







すでに慣れた、2人だけの朝食を終えると、スゥは手慣れた様子でテントを畳む。


「主人。師匠。準備出来ました。

何時でもボス戦に向かえます!」


「ざんね〜ん。

その前にひとつ『わすれもの』してるだろ?」


「忘れもの・・・ですか?」


「『気配察知』を使ってごらん」


さくらに促されて、気配察知を使うスゥ。


「・・・あ!

昨日のお姉さんたち!」


「あたり。

さっき目を覚ましたみたいだよ。

具合はどうか聞いて来てくれる?」


「はい!」


スゥはハンドくんが結界を解くと、昨日よりは体調の良さそうな女性2人の元へ駆けて行った。




「おはようございます」


「昨日よりは顔色も良いみたいだな」


「はい。久しぶりにグッスリ眠ることが出来ました」


「そうか。では早速だが・・・お前たちはこれからどうする気だ?」


「貴方たちは?」


「オレたちは、これからボス戦に入る。

地上に戻る気があるなら、ボス戦後に入ってこれば転移石を使わせるが?」


「・・・転移石は『ボス戦で戦った人数』しか使えません」


「オレたちは『別の方法』で地上に戻る。

今までも。そしてこれからも。

それを変える気はない」


さくらの言葉に驚きつつ、女性たちは顔を見合わせて頷きあう。


「・・・分かりました。

すみませんが転移石を使わせて頂きます」


「あの・・・テントを片付けられるのなら手伝います」


スゥがおずおずと尋ねると「いいわ」と断られて落ち込む。


「ボス戦が終わるまでに片付けるわ」


〖 私たちがボスを倒すのに、どの程度かかるとお思いですか?〗


ハンドくんの『冷めた声』に女性たちは「え?」と驚きの声を上げる。


〖 私たちがボスを倒しても出る準備が出来ていなければ、そのまま此処に残って下さい 〗


「あーあ。ハンドくんを怒らせちゃった。

オレ、知〜らねぇっと」


〖 当たり前です。

スゥの親切を無下に断ったのですから。

『やれる』と言い切ったのですから、自分たちでやってもらいましょう 〗


「そうだね。

『助ける必要がない』相手を、スゥが助けたいと願ったから食事を分けた。

すぐに動けるように、テントを片付ける手伝いを申し出たのにそれも断った。

スゥ。こんな『恩を仇で返す』ようなクズに成り下がるなよ」


「・・・はい。分かりました」


スゥは困惑したように、さくらと女性たちを交互に見る。

しかし、さくらの言葉に返事をして、女性たちに「余計なことを言って済みませんでした」と頭を下げてさくらの元へ戻る。


「いくよ。スゥ。準備は出来てるな」


「はい!ご主人。師匠。お願いします!」


〖 最初に、ご主人が『金ダライ』を落とします。

それを合図に動きますよ 〗


「はい!・・・では、扉を開けます」


スゥは大きく息を吸ってから、息を吐きながら両開きの扉を押し開けた。




大きく開いた空洞の床に、白く光る魔法陣があるだけ。

しかし、これまで通りなら、魔法陣が赤く光ると『ボスの登場』だ。

小規模ダンジョンでは魔法陣から出られなかったボスも、中等度のダンジョンでは自在に動き回る。

これまでは『獣人3人娘』に任せていたが、今はスゥのみ。

しかし、そのスゥはすでにレベルも70を超えた。

タイプによるが、十分1人でもボスを倒せるだろう。


〖 おや?此処のラスボスはコカトリスでしたか 〗


「へえー。これは意外」


「ご主人。師匠」


「頑張っておいで」


「はい。ありがとう御座います」


スゥが苦無をかまえたのを確認すると、さくらはコカトリスの上に『開始のゴング金ダライ鳴らした落とした』。

一瞬、目を回したコカトリスの隙を見て背後に回ったスゥは、右膝の関節を狙って素早く苦無を突き刺す。

一撃で皮膚を。次に肉を。最後に関節を断つことに成功したスゥは、コカトリスから大きく離れる。

同時に片足では身体を支えられなくなったコカトリスが右に大きな音を立てて倒れた。

その時に頭部を床に強く叩きつけてしまったのか、コカトリスは脳震盪を起したようだった。

スゥはそれを見逃さず、軽く飛び上がるとコカトリスの頸部を一閃して落とした。




『解体のナイフ』でコカトリスを一瞬で解体すると、スゥは緊張が切れたのか床にへたり込んだ。


「スゥ。お疲れさん。

今度は武器を壊さずに倒せたな」


〖 1人でよく頑張りましたね 〗


「ご主人。師匠。ありがとう御座います」


そう。スゥはコカトリスと戦った時に短剣を壊してしまった。

今度はレベルも上がり、短剣から苦無に変わったが傷ひとつつけていない。

そして、ボスがコカトリスだったこともあるのか、スゥのレベルが84まで上がっていた。


「ハンドくん。外の『無礼者』に10分で閉じると教えてやって」


「それなら私が」


「スゥはダメ。

片付いていないのを見たら手伝いに行くだろ?

それは『一度断った者』にとって『余計なこと』だ」


〖 スゥ。差し出した手を断った相手に再度手を差し出すのは、相手によっては『嫌がらせ』と取られます。

相手のことを本当に思うのなら、『突き放す』のも大事です 〗


「はい。分かりました」


ハンドくんが最後に言った『相手』とは、シーナとルーナを差しているのだろう。

それをスゥはちゃんと分かっている。


「じゃあ。久しぶりに地上へ戻るか」


さくらの言葉を合図に、ハンドくんは2人を地上へと転移させた。

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