第209話


食後に宿へ戻ると、ちょうどボズが宿屋のカウンターに出ていた。

ハンドくんたちに古物商から購入した紐を渡し、シーナたちを部屋へ戻すように頼んだ。

そのついでに武器に飾り紐をつけてもらうことにしたのだ。

渋るスゥとルーナを脇に抱えたシーナが一礼して階段を上がっていく。

それを見送ってカウンターに近付く。

「アルコールはイケるか?」と言われて「ああ」と答えると、「おい。ちょっと隣へ行ってくる」と扉を開けて中へ声をかけて、「よし。行こうぜ」と嬉しそうにカウンターの一部を跳ね上げて出てきた。



再び酒場に戻ると「お!チビ共は置いてきて『呑み直し』か」と声がかかった。

「『ソーニャカクテル』をたのむ」と言うと「適当な席にすわんな」と言われて、ボズと共に丸テーブルに腰掛ける。

どうやら『酒場の客』なら、宿泊者でも席は自由のようだ。

すぐに『ソーニャカクテル』が出された。

この『ソーニャカクテル』は日本でいう『カシスオレンジのカクテル』だ。

ボズは何も言っていないが『ユルカクテル』が出されたところを見ると、いつも『ユルカクテル』を飲んでいるのだろう。

『ユルのジュース』は『りんご』だったが、『ユルのカクテル』は梨とジンのカクテルらしい。





「何故、オレたちから『宿代』を取らなかった?」



乾杯をしてひと口飲んでからすぐに『本題』に入る。

酔ってからする話ではないと思っていたのだ。

しかしボズは「んー?」とすでに怪しい。

・・・もしかして『下戸』か?

そう心配したが、もうすでに手遅れ。

「俺はなー。『ヒナルク』って名前のヤツになー!『恩』があるんだー!!」と、徐々に大声になって最後は叫び声になっていた。

叫び終わると同時に残ったカクテルを一気にあおり、バタンッとテーブルに倒れ込むと同時にイビキをかき始めた。




「オイオイ。もう酔い潰れたのか?」


「ハハハ!『いつものこと』だ。気にするな」



『気にするな』と言われても、聞きたかったこと、知りたかったことが一部しか分からなかった。

『『ヒナルク』に恩がある』だって?

全然心当たりはないんだけどなー。

他のテーブルに座っている客に誘われて、カクテルを持ってそちらのテーブルに移る。




「おいボウズ。お前さんの名前は『ヒナルク』っていうのか?」


「ああ。そうだが?」


「エンテュースから来たんだろ?」


「・・・それがどうした」


「まあ。最後まで聞けや」


「エンテュースに居たんだったら、『ゴルモア』って名前に心当たりあるか?」


「いや。知らねー。誰だよ、そいつ」


「じゃあ『3倍以上の値段を『ぼったくり』しようとしてバレて逃げた果物屋』に心当たりあるか?」


「あー。・・・あのオッサン、そんな『いかつい名前』だったのか」

「名に合わず、気のちっさそーなヤツだったけどなー」

「チョイと脅しただけでビビッてたぞ」



思い出しながらそう言うと、酒場にいた全員が一斉に笑いだした。



「そうそう。間違いなく『名前負け』しているソイツだ」


「そこのボズが『ゴルモアを捕縛』したんだよ」


「それが『大犯罪』を暴くキッカケになったと言うことで『多額の報奨』を貰ってな」


「・・・だから『オレから宿代を取るな』って言ったのか」


「恩人から『宿代』取れねーよな」


「なんだよ。その『恩人』って」




周りの話を要約すると、エンテュースからの『ゴルモアの捕縛』要請がこの町にも来た。

しかしこの町では『顔馴染み』のため、「まさか『アイツ』のはずがない」「同名の別人だろう」という話になった。

そして、当時は門番の中に『顔馴染み』を『顔パス』で町へ入れる者がいたらしい。

しかし金銭等のやり取りがないため鑑定石は『収賄』と判断せず、今まで『表沙汰』にはならなかった。

しかしボズは規則に厳しく、たとえ身内だとしても身分証のチェックをしてきた。

そんなボズが門番の日に、ゴルモアが町に入ろうとした。

身分証の提示を求めたが「いつもは『顔パス』だ!」と提示を拒否して町へ入ろうとした。

そのため『門番権限』で『緊急捕縛』となった。

ボズはゴルモアの身柄を警備隊へ引き渡したが、ゴルモアと長い付き合いのある露天商や屋台の仲間たちだけでなく、『門番仲間同僚』からもゴルモアを引き渡した事で激しく非難を受けた。

中には食料品を売らない露天商まで出てきたらしい。



そんな時に、詰所での取り調べで身分証をチェックして、ゴルモアには『窃盗罪』が追加されているのが判明した。

それを問い詰めると、最初に『同業者からの横領』だけを吐いた。

しかし、この窃盗罪は『北の寒村から訴えられた』ものだ。

それを指摘されて以降は口を閉ざしていたが、「このまま仲間を庇い立てすれば『犯罪奴隷』ではなく『処刑』されることになる」と知ったゴルモアは、『仲間がいる』ことや『その手口』も暴露した。

「自分だけが『処刑』されるくらいなら、仲間も『道連れ』にしてやる」と『開き直った』ようだ。

そして『減刑』を条件に口を割った。

『我が身可愛さ』で、仲間を『裏切った売った』のだ。

その中で『一部の門番が犯罪に加担していた』事も吐いた。

『顔パス』で門を通してきたのは『罪状を隠す』ためでもあった。


窃盗ひとつの罪を吐いた事で『鑑定石』を使用した尋問が行われ、『埋もれてきた事件組織的犯罪』が次々と暴かれていった。


結果、門は閉じられて、城壁内にいた全員が『鑑定石』を用いた取り調べを受ける事で『共犯者』が見つかっていった。

少しでもゴルモアに加担した者たちと『その家族や親族』は老若男女全員が捕縛された。

他の町や村に住むすべての『家族や親族』も対象となったため、その数は1,500人を超えていたという。

この町だけでも300人以上が捕縛されたらしい。

あまりにも多い『容疑者』に、全員が『王都で取り調べ』を受けることとなった。

家族の中には『完全に無関係』と思われる者もいたが、少しでも『恩恵を受けていた可能性がある』と言うことで『容疑者』として連れて行かれた。



「だから『中央広場』の彼方此方あちこちに警備隊がいたのか」


「お?気付いたのか?」


「屋台の女に『嫌がらせ』されてな」

「その時に・・・たぶん『私服の警備隊』だと思うが声をかけられたんだよ」


「そう言えば、昼過ぎに『詰所』にしょっぴかれた女がいたな」


「嫌がらせしてきたのは何の屋台だ?」


「お好み焼き屋だ」


「あー。・・・『アイツ』の娘か」


「アイツ?」


「ああ。実はさ・・・」



「ちっくしょー!俺は『門番として仕事をしただけ』だー!」


「お!『始まった』な」



どうやら、ボズは酔うと『当時の鬱憤』が爆発するようだ。

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