第92話



目を覚ますと、ベッドの中だった。

頭を撫でられて顔を向ける。


「さくら。大丈夫かね?」


『・・・・・・・・・ドリトス?ここは?』


「『さくらの部屋』じゃよ」


ボーッとした頭を動かす。

ああ。確かに『エルハイゼン』にある『私の部屋』だ。

でも『なんで寝てる』んだっけ?


「熱を出して寝込んだんじゃよ」


表情を読んだドリトスが今の状況を説明してくれた。

額や頬にあててくるドリトスの手に何故か安心する。

ココロの何処かで不安な気持ちもあったが、ドリトスの手がそんな不安を払拭してくれた。


・・・何故『不安』になったんだろう?



「まだ熱が残っておるな」


そっかー。

熱が出てるから頭がボーッとしてるんかな?

不安な気持ちも熱のせいなのかな?


・・・なんだろう。

何か忘れてる気がするんだけど。



考え事をしていたら、ドリトスが額に固く絞ったタオルを乗せてくれた。

冷たくて気持ちがいい。

ってことは、やっぱり熱があるんだなー。


「もう少し眠っていなさい」


『ドリぃは?』


「大丈夫じゃ。起きるまでずっとそばにおるからのう」


伸ばした手を握っていない、もう片方の手で頭を撫でてくれる。

それに安心したらまた眠くなってきた。


「おやすみ。さくら」


頭を撫でてくれるドリぃの手が優しいから、目を閉じたらそのまま深い眠りに落ちていった。







清浄クリーン魔法をかけるとさくらが目をゆっくり開けた。

目を覚ましたさくらだったが、熱のせいかうつろな目をしている。

頭を撫でると顔を向けてきた。


「さくら。大丈夫かね?」


『・・・・・・・・・ドリトス?ここは?』


「『さくらの部屋』じゃよ」


口を動かして『会話』をするさくら。

やはりまだ声は出せないようだ。

ボーッとした表情で部屋の中を見回している。


「熱を出して寝込んだんじゃよ」


さくらの額や頬に手をあてて熱を確認する。


「まだ熱が残っておるな」


何処か不思議そうに戸惑った表情で考え事を始めたさくら。

そんな彼女の額に固く絞ったタオルを乗せる。

冷たくて気持ちがいいのだろう。

ニコッと笑顔を見せてくれた。


「もう少し眠っていなさい」


『ドリぃは?』


「大丈夫じゃ。起きるまでずっとそばにおるからのう」


心配そうに、心細そうな表情で見てくる。

『ドリぃ』と呼んでいるから『そばにいて欲しい』のだろう。

伸ばされたさくらの手を握っていない右手で頭を撫でると安心したようで目が閉じだした。


「おやすみ。さくら」



寝息が聞こえてくるのに時間はかからなかった。



「・・・ドリトス様。あの、さくらは?」


ヒナリが寝室に顔を出した。

他の2人も一緒だ。

彼らはさくらに『ダレ?』と言われるのを怖がって寝室に入って来られなかった。

言われなくても『知らない人』という目で見られるのは怖いのだろう。

最後尾にいるセルヴァンは不安からか耳と尻尾が垂れている。

こんな姿を獣人族の者が見たら・・・

前にいるヒナリやヨルクが見ても驚くだろう。

『族長』や『補佐』として下の執務室にいるであろうセルヴァンの子供たちですら見たことがないかも知れない。


「まだ『記憶の整理』が終わっていないようじゃ」


さきほどの戸惑った表情が全てを物語っている。

他の・・・大好きなセルヴァンの名前すら口から出なかった。

自分の名前ですら、口にするのに時間がかかっている。


「さくらは大丈夫なんでしょうか?このまま『記憶が戻らない』なんてことになるのでは・・・」


「もしそうなったらどうする?ヒナリは『さくらから離れる』のかね?」


「イヤです!」

「イヤだ!」


ヒナリに聞いたのだがヨルクも一緒に否定を口にする。

そんな2人の声が大きくて、さくらが身動みじろぎした。

「さくら。大丈夫じゃよ」とドリトスが声をかけるとすぐに落ち着いたようで安心した表情になる。

ドリトスはずっとさくらの手を握り頭を撫で続けている。

ヨルクとヒナリはハンドくんたちに口を塞がれている状態で涙目で頭頂部を押さえていた。

ハンドくんたちが2人の口を塞いだ直後にセルヴァンからゲンコツを落とされたからだ。



「『記憶をなくした』としてもそれは『過去の思い出』じゃよ。なくなったら『新しい思い出未来』を『一緒に作り歩き出していけばよい』だけじゃ」



ドリトスが言い含めるようにさくらの頭を撫でながら言う。

それはヒナリたちに向けて。

そして眠るさくらに向けて。


「そうだな。さくらが覚えていられないなら俺たちが代わりに覚えていればいい」


冷静を取り戻したセルヴァンがさくらの頬を撫でる。

ふにゃっと笑顔になるさくらに全員の目が細められた。



『さくらは『さくら』なのですから』


さくらの名前の時にハンドくんが言った言葉だ。




そうだ。

名前も記憶も必要はない。

『さくら』という存在だけがあれば・・・



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