玖 触れられる過去
「——で。お前、親は?」
「……さあな、死んだ。」
目を赤く晴らしたユウはその問いに素っ気なく答える。
その言葉にジョフは葉巻を取り出し、それを咥える。
するとすぐに先端に火が付き、葉巻が点った。
そして、はぁッと、煙を吐き、口を開く。
「そうか…そんな気はしていたが、悪い事を聞いちまったな。」
「——いい、別に顔も見た事の無いような人間だ。」
「そうかよ。」
ジョフはふぅッと、また煙を吹くと、続けて言った。
「——じゃあ今日から俺がお前の親だ。よろしくな。」
「は……?」
あまりに唐突すぎる発言。
それに、ユウは思わずそんな声をあげたのだった。
◯
冒険者序列——それは、事実上魔族を除いた全種族の冒険者、その単純な戦闘のみではなく、あらゆる能力を数値に出し、それを序列化。
これは即ち、現連合軍側における戦力を序列化したものと言える。
その頂点に立つ、冒険者序列1位、ジョフ・ディデイラ・ヨネル。
かつて最弱の種族ハリスの身でありながら、“人類最強の剣士”と称され、その身一つで神にまで成り上がった、剣を司る神ヨハン。
その再来とも称される人間である。
《最強の男》《人類の頂点》《四冠王》....
数多の称号を欲しいがままにし、全ての冒険者達の頂点に立つ、現連合軍の最後の一手、切り札、
そんな男が今——ユウの後ろをニコニコとしながらついて行っているのであった。
「なんで付いてくる....? 出口は既に通り過ぎたが。」
「言ったろ? 今日から俺はお前の親だ。しばらく暇だしな。」
「ハァ…だったら、その暇な時間を使って魔族の頭でも取ってきたらどうだ?」
「ハハハ、残念ながらそいつは無理だ! いくら俺が一位でも無理無理。一位が言うんだから間違いない。」
露骨に“一位”を強調する彼の言い方に若干に苛立ちを覚えつつも、それを抑えながら歩き続ける。
そうして、ようやくギルドの酒場まで戻ってきた。
すると早々、スノーの声が聞こえてきた。
「あぁ、おかえりぃ、ユウ〜」
なんともふわふわとした口調に、その視線を挙げると、酒の入ったジョッキ片手に、冒険者達とテーブルを囲む彼女の姿があった。
彼女の前には空のジョッキがいくつも並んでいる。
どうやらこの短時間であの量を呑み干し、もう酔ってしまっていたようだった。
「ほぅ、なるほど.....」
「?」
ジョフの声にユウが首を上げた。
見ればニヤニヤとしながらユウを見下ろしている。
「なんだ?」
「ははーん、そう言うことか、今夜はお楽しみだな。」
予想以上に馬鹿げた発言に、ユウは深い溜息を一つ。
以後無視しようと心に決めると、再び視線を戻したのだった。
すると、すぐ近くにスノーの顔があり、少しの動揺を見せる。
全く気配を感じなかったそれに、酒の臭いに当てられ、感覚が鈍っているのだと思った。
「あれ〜? ユウってばジョフとそんなに仲良かったっけ〜?」
「その辺りにしておけ、多分後で死にたくなるぞ。」
「ふぇ〜? なんでぇ〜?」
ふわりとした回答。
それにユウは呆れたように、溜息を吐く。
そしてスノーに一言、「行くぞ」と言うと、それに、「おぉー!」と、意気の高い声を上げた。
そのまま彼のすぐ後ろをついていこうとしたが——ユウの目を真っ直ぐと見て、突然その足を止めたのだった。
「——なんだ…?」
「……」
ジッとユウを見つめるスノー。
その目付きは先程からの酔いの回ったふわふわとした感じではなかった。
「目が腫れてる…泣いてるの…? ユウ....?」
「——なんでもない。」
心配するスノーに対し、その察しの良さに少々の驚きを覚えつつも、ユウはそう答えた。
「ユウ…嘘…よね?」
「——さあな、とにかくいくぞ。——で? なんでお前はそうニヤニヤとしてる?」
笑みを浮かべ、顎を摩りながらユウ達を眺めるジョフに対し、そう言葉をかけた。
「いいや…青春だねぇ…って思っただけさぁ。」
「——変態。」
「なッ、誰が変態だ!」
「お前だよ! さっきからニヤニヤしやがって気持ち悪い!」
「私はそれでもいいよぉ〜」
元に戻ったスノーがユウにもたれかかる。
それに若干の苛立ちを覚えながらも、それを見てまた笑うジョフにもまた、苛立ちを覚えた。
「とにかく! 今度こそ俺は行く。じゃあな....ってなんで道を塞ぐ....?」
ユウの前から動こうとしないジョフに対し、そんな声を漏らした。
「言ったろ? 今日から俺はお前の親父。どうせ宿の泊まるんだろ? なら俺の家に泊まった方が絶対いい。」
「いやどんだけ遠いんだよ、お前絶対ここの出身じゃないだろ。」
「じゃあ
「いやいや、どこの世界にギルドのお偉い方が宿泊するような場所に泊まる冒険者が.....」
「目の前に。」
「したのかよ....」
諦めの声を漏らす。
そうすると今度は酔ったスノーがその口を開いた。
「あれぇ? ユウのお父さんってジョフなのぉ?」
その言葉に、場の空気が張り詰める。
先程のジョフの発言に、周りの冒険者達はとても気になっていた様子であった。
食い気味にその耳を傾けている。
「そうじゃなくて....なんて言えばいいか....」
言葉選びに迷っていると、不意にジョフがその口を開いた。
「つまり、俺達は親子だ。」
「!?」
スノーを除く、その場の冒険者達が驚愕の声をあげる。
「へぇ〜やっぱりぃ〜」
「違う! てかお前! なにいい加減な事を!!」
ふらふらと立つスノーの背を支えながら必死に抗議する。
しかし元々大きな声を上げる事自体が苦手な彼の声は、周りで騒めく冒険者達の声に呆気なく掻き消され、それはジョフくらいにしか聞こえなかった。
「まあまあ、堅いことは言わずに、来いって。」
ジョフがユウの首根っこを掴み、引き摺る。
「待て!ちょッ!離せ!」
必死に抵抗を見せるが、その手はビクともせず、状況は一変しない。
「私も行こ〜」
「ああ、来い来い! 俺が許す!」
スノーがふらふらとしながら二人の後を追う。
「待てッ! おいッ! 離せえええ!!」
嵐の如く過ぎ去った3人。
取り残された冒険者達は、やはりその光景に驚愕するのだった。
◯
「・・・」
見慣れぬ天井。
その視界にユウは溜息を一つ吐く。
見回せば、隣で寝ているはずのスノーがいない。
上体を上げると、ベッドから落ちている彼女の姿があった。
ユウはそれを見てまた一つ、溜息を吐くと、彼女を抱え上げ、ベッドに寝かせた。
そして扉に手を掛ける。
それを開けると、ソファに座って新聞に目を落とすジョフの姿があった。
「よぉ、ユウ。よく眠れたか?」
「いきなり馴れ馴れしい。」
「ハハハ、いいじゃねえかよ別に。ああそうそう、こういう時はこう聞くべきだったな。昨晩はお楽しみでしたね。」
ジョフが再びニヤニヤとし始めた。
「ハァ....頼む死んでくれ...」
彼女に酒を呑ませるべきでは無いか、と改めて確認した後、何かしらの依頼を受けるために装備を身につけようと昨晩入れておいた籠を探す。
しかしどこにも見当たらないので、結局ジョフに声をかけた。
「なあ、俺の装備は?」
「ああ、傭兵からの鹵獲品か。」
「なんで知ってんだよ....」
「見りゃわかるさ。——まあ結論から言うと棄てた。」
「なに...?——ハァ.....本当になんなんだ、お前は....」
「まあそう嫌うなって。」
「ここまでしておいて嫌うな、は無理があるだろ。」
「まあ、否定はしねえな。だが装備がないわけじゃないぞ。俺を誰だと思ってる?」
ジョフは新聞を折り畳み、立ち上がるとクローゼットを開けたのだった。
中には、黒い長袖の服、そして白色のコートとそれに合わせられた白色のズボンがかかってある。
ジョフはそれを見せて「どうだ」と言わんばかりの表情をし、相変わらず顎を摩っていた。
「これを俺に?」
「当たり前だ。我が子の装備が鹵獲品なんて、父さん悲しいだろ?」
冗談気にそう言ったジョフだったが、ユウはそれを見て微笑みを浮かべていた。
「——ジョフ、ありがとう。」
「ハハッ、おいおい、どうしたよ、らしくねえな? ツンデレってやつか?」
その言葉に不快感を覚えたユウは前言を撤回するように口を開く。
「だが派手すぎるな、俺は目立ちたくないんだ。瞳がバレるからな。」
「それに、髪もか。」
「ッ! なんでお前それを....!」
「まあ、見りゃわかるだろ。そんな不自然な色。」
「……」
「よし、ユウ。今日はお前を最低限この世界で生かすための準備をする。まずはそれ落としてこい。話はそれからだ。」
「ああ…」
ジョフに言われ、ユウは上着を脱いだ。
「!」
そこで突然、ユウはジョフに手を掴まれる。
「今度はなんだ? 本当に犯罪者になる気——」
冗談でそう答えようとしたところで、ユウは言葉を切った。
ジョフの目が真剣そのものだったからだった。
「——おい、ユウ…これ…誰にやられた……?」
そう問いかけるジョフの声には怒りが篭っており、少し震えている感覚さえも覚えた。
一体何事なのかと、ユウは視線を下ろす。
すると、そこには
状況をすぐに理解したユウは心臓の跳ねるような感覚に襲われる。
気付けば口から先に言い訳を並べていた。
「これは、奴隷だった時の——「違う....」
ユウの言葉を遮るようにジョフはそういうと、続けた。
「
「——気にするな、うちは冒険者一家でな、これも——「嘘をつくな!!」
「ッ!」
突然の怒鳴り声。
ユウは、それに身体を硬直させた。
「これは10年....いや、それ以上だ、最低でも14年以上前に出来ていた筈だ。——ユウ、お前は確か17だったな...? たった3歳で、お前は冒険に出てたとでも言うのか....! こんな傷だらけになりながら!?」
「ジョ....フ....」
彼のあまりに意外な一面に、ユウはそんな言葉を上げることしか出来なかった。
「ッ! す、すまん....」
ジョフが我に返ったように手を離す。
「あまり詮索されたくはないんだが....」
「——そうだな、すまなかった....」
「それじゃあ。」
ユウはそう言うと、脱衣所へと歩を進めるのだった。
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