捌 人類最強

1章——The strongest——





初依頼の達成、そして初昇格から一週間の月日が流れていた。

ユウは、秘密を共有する人間——スノーと共に行動する事で、自身の髪、そしてその瞳の事を誤魔化し続け、依頼をこなしていった。


この一週間でも高い成績を残し続けた彼等は、次第にその名が知れ渡り、一部ではユウは“紅眼くがんの魔導師”、そしてスノーは、“あおの剣士”などと呼ばれる事となる。

しかし、彼等はそんな事思いもしなかったどころか、自分達が有名であることすら気がつかなかった。


主な理由としてはユウだ。

声をかけても、彼と…いいや、あの紅い瞳と、目を交わしながら話す事の出来る人間などそういない。

そもそもユウの醸し出す独特の雰囲気に、声をかけずらくもあったからであった。


そんな彼等だったが、この日、とある人間に出会う事になる。

この出会いは、彼等にとって、とても大きな事であるだろう。


「よぉ、お前が噂の“紅眼の魔導師”様か?」


クエストボードを眺めていたユウを、突然そんな声が振り返らせた。

彼の前には、一人の大男が立っている。


身長は195前後、筋肉質な体格に、短く、そして上げられたブロンド色の髪。

彫りの深い顔には、同色の凛々しい眉、そして瞼からは緑色の瞳が覗いている。

いわゆる、ワイルドなイケメンと言ったところだろうか?

そんな男が立っていた。


「紅眼の魔導師? なんだそれ。それより…あんたは?」


紅顔の魔導師というワードに疑問を浮かべつつも、彼を直感的に面倒な男であると感じたユウは、その目を以って睨みつけながらそう言った。

しかし男の方とは言うと、特に怖じける様子もなく、一点の動揺も見せずに、その目を真っ直ぐと見返している。


「ん? 俺か? そうだな…こういうのはもっと——ん?」


なにかを考え込もうとしたところで、大男の言葉が止まった。

その視線の先は、ユウが右耳に下げているピアスにあった。


「——いいな、それ。綺麗な装飾品だ。お前…それをどこで手に入れた?」


「……」


何気なく聞いたようなその声の裏には、何かしらの意図を感じられる。

しかしユウは、それよりもこのピアスについて聞かれた事に、強い不満を抱いた。


「——あんたには関係のない事だ。それより、あんたは一体なんなんだ?」


「教えてくれたっていいじゃないか。別に減るもんでもないだろ?」


「——見ず知らずの人間にいきなり問いかけられて、名前を聞いてもそれをどこで手に入れたか教えろ、の一点張りである人間に対して答える義理なんてない。」


「ほぅ…すごいな、お前。」


大男がその口角を少し上げた。


「お待たせ、どうしたの? ユ——」


依頼完遂の報酬受取を済ませたスノーがカウンターから戻ってきた。

そして何かあったのかと聞こうとしたところで、その言葉が止まる。


「どうした?」


「えっと…ユウ…知り合い…なの…?」


表情を若干引きつらせながら、スノーはそう問いかける。

その状態に疑問符を持ちながら、ユウはそれを、首を横に振り否定したのだった。


「知ってるのか? こいつの事を。」


「ッ!?」


その言葉にスノーの表情は驚愕の一文字を描く。


「ユウ…流石に冗談…ではなさそうだね…」


後半少し落胆したようにスノーはそう言った。

ユウはそれがなぜかなのかわからず、頭の疑問符を増やすばかりである。


「え、えっとね、ユウ、この人は…」


「いいや、自己紹介なら自分でしよう、大丈夫だお嬢ちゃん。」


「す、すみません…」


スノーのその態度に、ユウはさらに疑問符を浮かべる。


「——ジョフ・ディデイラ・ヨネルだ。そうだな、目立った活躍と言えば…冒険者序列一位とか、だな。」


「ッ…」


そういいニッコリと笑った彼に対し、ユウの瞳がピクリと動いた。

多少なりとも動揺した様子である。

目だけで周囲を見渡せば、確かに彼を見て騒つく冒険者たちの姿があった。


「——それで、その一位様が俺に何の用だ。」


「まあ、大した用じゃない。——嬢ちゃん、こいつ借りてくぞ。」


「え? あ、あの....」


「心配すんなって、手荒な事はしないさ、多分な。」


「ッ!」


気付けば、彼はユウの右腕を掴んでいた。

ユウは少し抵抗をみせたがビクともしない。

ついに両手を使い脱出を試みたが、やはりと一切の手応えを感じなかった。


「おい! 離せ....!!」


「落ち着けって、すぐ済む。」


そう言われながら、ユウはカウンターのさらに奥へと進む通路へと引きずられていく。

相手が相手なだけに、スノー自身もどうしたらいいのかわからず、ただただその場に立ち尽くすのだった。





「おい離せ——ッ!?」


広いところに出たところで、ユウは大男——ジョフに投げられた。


「一体なんなんだお前——「よし、これを使え。」



カランッ…



ユウの言葉に被せるようにそう言うと、ジョフはなにかを投げた。

音を立てたそれは、剣であることがわかる。

練習用などではない、実際に使用できる両刃の直剣だ。

状況を大方理解したユウは、それを無言で拾い上げる。


「俺の力量を測るだとかか?」


「さあ、それはどうだろうな。」


ジョフは、顎を摩りながら笑みを浮かべる。


「——それはそうと——光には気をつけろよ?」


「?」


その言葉に首を傾げていると——


「ッ!?」


突然の眩い強烈な閃光、それにユウは反射的に瞼を閉じた。

同時に、危機感を覚え、剣を横に振りながら後ろへと下がる。

すると——



カンッ…



強い衝撃を剣が受け付けた。

それにユウは思わず手を離す。

視界が回復したところで、遠くへと飛ばされた剣を横目に、雷刃を形成、臨戦態勢に入った。

しかし、ジョフはその手に握っていた光に包まれた剣…あれも魔法武器の一種だろうか、それを納めると、口を開いたのだった。


「なるほど、確かに魔族じゃないな。」


「……?」


頭に再び疑問符が湧き出る。

それにに、ニヤリと口角を上げると、また顎を摩りながらジョフは答えた。


「今のはホーリーフラッシュ。光魔法の一つだ。常人だったら今みたいに目潰しくらいにしかならないが....アンデット系のモンスター、そして——魔族相手には、目潰しの効果は消え去り、激痛を伴う攻撃魔法と化す。だがお前は眩しく感じたように見える。——つまりお前は魔族じゃない。」


「——そんな事は分かりきっている、冒険者登録の時にギルド側も把握したはずだ。最初は...ギルドの命令で俺に何かしらをするのかと思ったが....魔族である確認だと?——お前の目的は一体....」


「冒険者登録の時....? ああ、石板か。そういえばあれで種族がわかるなんて話もあったな....——完結にいうとあれ嘘だ。」


「は....?」


ジョフの言葉に不意を突かれたユウはそんな声を上げた。


「まあ、厳密には嘘ではない。だが、ここにそんな設備は存在しないってだけだ。あれ結構高いからな、この国の統治者も、そんな無駄な事に金を使いたく無いんだろ。まあよくある話ではある。」


「……」


「まあそんな訳で、俺がギルド直々から受けた依頼は二つ。一つは、お前が魔族であるかを確認すること。これはもう達成済みだ。んで次は——魔族でなかった場合、将来連合軍の戦力とする為に保護する、だ。」


その言葉にユウは眉をひそめた。


「待て、それは重大な契約違反だろ。冒険者管理協会ギルドはあくまで中立の立場、幾ら種の存続に関わるような戦争でも、関わってはいけないはずだ。」


「ハァ…まったく、その通りだよ。だが残念なことに冒険者俺たちには魔族なんていない、つまり、ギルドからすれば魔族を保護する理由なんざない訳だ。」


「——クズどもの集まりだな。」


「おいおい、一応俺も職員なんだ、まあ勝手にさせられてるだけだから、会合にも出席してないんだけどな。」


「——お前の目的はわかった。だがなぜだ? 一介の冒険者相手に、幾ら魔族である容疑がかかってたと言っても態々一位あんたが出てくるような事じゃないはずだ。」


「この辺りは駆け出しが多いからな、水準に達する人間で、一番手頃そうなのが俺だったってだけだろ。」


「一位だろうが、忙しく無いのかよ....」


「まあ、ほどほどにはな。」


「——まあいい、あんたの用はもう済んだはずだ、俺はもう行くぞ。」


そう言い、ジョフを通り過ぎたところで声がかかった。


「待て。」


「……」


ユウが無言で足を止める。

その顔は、次は一体なんなんだ、と言いたげな物だった。


「最後に——お前…そのピアス、どこで手に入れた。」


それにユウは露骨にも見える程嫌な顔をした。

そして答える。


「——くどい。じゃあな。」


「——ユウ・サキト。」


「……」


名を呼ばれ、ユウは再びその足を止める。


「実は、俺は自ら進んでここに来た。」


「——それで?」


「こっちに友人が居てな。だが、もう会えそうにも無さそうだ。」


「なんの話だ?」


ジョフは、ユウの言葉を無視して続ける。


「そいつは酷くお人好しでな。昔から仲が良かったんだが、弱いものいじめだとかを絶対に許さなかった。自分は大して大きな力も持ってないのによ....その度に俺達が助けに入って…いやぁ、懐かしい。」


「だから一体なんの話をしてる? いい加減に——「そいつはな!」


ユウの言葉を遮るように声を大きくする。

そしてそれに続けて口を開いた。


「そいつはな、そのどうしようもない奴はな、侠客だとか古臭いもんを御下げて、もう名誉も力も、片腕もない分際で、色んな所を渡り歩いてたんだ。俺はあいつとまだ手紙でやり取りをしていた。んで、最近の手紙の内容がこうだったんだ。——記憶を失った魔族の少年を奴隷として仕入れた奴隷商がいるという噂を聞いた。」


「ッ....」


ユウはその言葉に心当たりを覚えた。

手紙の内容はまだ続く。


「——いくら魔族と言っても誰も殺して居ないような少年に過酷な奴隷生活を強いるだなんて間違っている、俺は、彼を助け出そうと思う。どうせもうすぐ終わりなんだ、最期は派手にいこうと思ってな。じゃあな、ジョフ。」


「まさか.....そいつは.....」


「奴はその数日前、酷い独裁主義で有名な大国の、その王を暗殺している。いくら俺でも政治には介入するのは難しい。どのみち奴は追手に殺される筈だったんだ。だが……奴は奴隷商達に殺された。——聞けば、その奴隷商団は一晩で壊滅したというじゃないか。」


「……」


ユウは、目を伏せることしかできなかった。



チャリンッ…



「ッ!」


突然ジョフがなにかを投げる。

ユウは、反射的にそれを取ると、視線を落とした。


「アダムだ。——アダム・ハーテスト。奴の名を....覚えてやってくれ。」


アダム・ハーテスト。

その名の刻まれたそれを深く握りしめると、ユウはなにかを決したように前を見て、口を開く。


「——ああ…」


短く答えたのち、その頰からは一筋の涙が零れていた。

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