一本桜

 不格好な桜がある。

 それは、大きい交差点から少し離れたところにあって、何故か並木とかではなく一本だけ立っている。

 枝の伸ばし方も奇妙だ。街頭を囲うように生えている。

 仲間のいない、ひねくれた思春期みたいな姿に見えた。


 でも、そいつは夜にとてつもなく姿を変える。

 限りなく黒に近い群青の空を背景に、街灯に照らされ淡い暖色をアスファルトに下ろしているのだ。

 その下を歩くと、自分のどうしようもない悩みや悲しみが吸い取られていくような気持ちになる。

 ドラマの主人公になったような気持ちにもなるし、街灯の橙と桜色が自らを暖めてくれているような気もする。


 多分、並木じゃ気付かないんだろう。一本だからいいのだ。

 通勤ラッシュで流れていく人々よりも、身近な一人が大事に思える。多分、そういうこと。

 一本だけ立っているけど、その一本が美しくて尊いのだ。

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