第29話
戦うからには勝たねばならない。
それが結子の人生哲学である。
まことに女の子らしいと言わねばなるまい。正々堂々と力を尽くせば、勝敗は
大和から依頼を受けた日の翌日、結子は戦に勝利するため、作戦名「オペレーション・フレンドシップ」の敢行を決めた。計画の概要はこうだ。まず、大和にターゲットである明日香の趣味を訊く。それから彼女に近づく。第一声がなかなか迷うところだが、
「ヘーイ、そこのカワイコちゃん。ボクとお茶しなーい」
くらいの軽いノリでいくのが無難であろうと結子は思い定めた。その後、おもむろに明日香の趣味の話を始める。もちろん下調べしておくのだ。そうして、
「わたし、ヒーローショーが好きなんだ。よくデパートの屋上に行って、子どもに混じって見てるのよ。ハズカシイでしょ、この年で。……ええっ! アスカちゃんもヒーローショーが好きなの! キグウ! わたしたちいい友達になれるかもね。出だしはちょっとアレだったけどさ、えへ」
こんな感じで盛り上がれば良い。簡単!
「アスカの趣味? そう言えば、バイオリン習ってるとか言ってたけど。あと、ゴルフとか」
オペレーション・フレンドシップは始まる前から中止の憂き目にあった。バイオリン? ゴルフ? 一般市民に、そんなブルジョワ階級の趣味の話などできるわけがない。結子は、柔軟に方針を変えることにした。所詮は、友人の助言を受けたのちに三分で考えついた作戦である。捨てるのに何の悔いもない。
――よし! 当たって砕けるのみ!
よくよく考えるまでもなく砕けたところで失うものは何も無い。むしろ、さっさと砕けた方が気が楽になって良いくらいだ。戦いには勝たねばならぬ。むろん、その通りだ。しかし、
――これは別に戦いじゃないよ!
ということに結子は気がついたのだった。え、今さら? と言う者がもしいたら、結子は断固、彼(もしくは彼女)の口に拳骨を突っ込んでやったことだろう。
大和の手前、あんまりあっけない真似はできないし、一旦引き受けたことだから力は尽くしたいが、是が非でもという気持ちで事に当たる必要はないのである。そもそも、明日香が友人を欲しているかどうか、そこからして明らかではない。大和は何やら興奮していたが、この世には友だちがいなくても一人で生きていける人がいるのである。ロンリーな美少女に友人を与え、孤独地獄から救うナイト。大和がそんな純愛マンガ的妄想にふけりたい気持ちは分からないでもない。現に結子にしても、お姫様的な存在になって、思うさま王子様役の恭介に守られるという空想をすることがある。しかし、そろそろそういうファンタジックワールドを旅することを夢見るのは終わりにしてもよい頃だ。祖父母の家のカビ臭いクローゼットを開けてもそこはどこにも通じていないし、表紙に、尾を飲み込む蛇が描かれた古い装丁のハードカバーを開いても本の世界に迷い込んだりはしない。
「カラオケに行こうよ!」
結子は頭のてっぺんから声を出した。
そうして、まるで未知の生物でも見るような目で、見られた。
――こいつは一体何者なんだ? 何を言っている?
目は口ほどにものを言う。相手の目の色から結子は彼女の心の声を聞いた。そりゃそうだ、と結子は思った。同じことをされたら、結子だってそう思う。しかし、結子はめげなかった。こんなことでめげるようなか弱い神経は持ち合わせていない。
「試験終わりはカラオケですよ、アスカちゃん! 一緒にカラオケに行こう!」
結子の朗らかな声が、ホームルーム後の教室に響いた。本日は中学生の祭典、実力テストの日であり、周囲は皆、浮かれていた。ただしこの祭典は、始まったときではなく終わったときにテンションが上がる。つまり全然、祭典などではない。
明日香は、鞄に教科書を詰める手を動かし始めた。
「アスカちゃんは好きなバンドとかあるの?」
明日香は無言で立ち上がると、お腹一杯になった鞄を肩から斜めに提げた。そのまま、結子を無視して、教室出口へと向かう。結子は後を追った。
「別にカラオケじゃなくてもいいよ。アスカちゃんの好きなとこで」
明日香は生徒用玄関で靴をはきかえた。結子はちょっとだけ彼女から離れて、すばやく自分の下駄箱に行くと、下足に替えて、明日香の背を追った。
「何か食べに行く? アスカちゃん、ういろう好き?」
まるで主人に突き従う忠実な犬のような風情で、結子は明日香のうしろについて、校門をくぐった。明日香の家は結子の家とは反対方向にあるようである。ずんずん歩いていこうとする明日香に対して、結子は強硬手段に出た。
結子は明日香の細い手を取った。
「ねえ、アスカちゃんってば」
「うるさい」
明日香は力任せに結子の手を振り払うと、冷然とした声で言って、歩を早めた。
結子は足を止めた。一日目の成果としては上々であった。気になるあの子から一声かけてもらえたのである。なんという幸せ。幸せすぎて怖いくらいの結子だったが、立ち尽くす彼女の顔を通りすがりに覗いた同級生の方が怖い思いをしたことには気がつかなかった。
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