第174話 神奈川 瞬

うずくまる大ちゃんの胸は、すでに大きく膨らんでいた。

(どうしよう・・・どうしよう・・・)


「具合・・・悪いの?」

茶髪の美少年が大ちゃんの顔を覗き込む。美少年と言っても、大ちゃんと同い年か少し上位の年齢だ。


女の子になった大ちゃんの潤んだ瞳が美少年の瞳を捉えた。

「あれ・・・確かキミ、小次郎さんといっしょにいた子だよね。男の子かと思ったけど、女の子だったんだ?」

少し強引に美少年は大ちゃんの腕を引っ張って立たせた。

「あ・・・やめて・・・」

胸が大きく膨らんだせいで、オーダーのシャツの胸元のボタンが取れてしまい、白い乳房が半分以上出てしまっている。

大ちゃんは引っ張られていない方の腕で乳房を隠した。


「わお・・・!すごいね。・・・もしかしてボクのこと誘ってるの?」

茶髪が大ちゃんの顔に自分の顔を近づける。大ちゃんは大きく頭を振った。

女の子に変わった直後はうまく声が出せない。


「ま、ね、小次郎さんと一緒にいられればほかの男を誘う必要なんてないだろうけど。それとも、刺激が欲しい?」

美少年は大ちゃんをバルコニーの暗がりに引っ張っていき、無理矢理キスをした。



(息ができない・・・)大ちゃんはキスされながらそう思っていた。

強く抱きしめられているので膨らんだ胸をつぶされて、口も塞がれ苦しかった。

抵抗しようにも全く力が入らない。

ただ、なじみのないスーツと高そうな香水の香りが唯一残っている嗅覚を支配する。


どこか違う空間にいるような浮遊感を感じた。


白い空間を見た時のような・・・また、あの紅い髪の人に会えるだろうか・・・


その時


大ちゃんの視界の端に長い金髪が見えた。続いて、甲冑。

(甲冑・・・甲冑・・・?)

目をできるだけ大きく見開くと、そこにとても美しい騎士のような女の人が立っていた。

美少年もその存在に気付いて大ちゃんから唇を離した。


「リーフ様・・・・!」

美しい女騎士は大ちゃんに向かって手を伸ばす。

「リーフ様、ご無事で・・・・」


大ちゃんは、その人のことをとても良く知っているような気がして、差し出された手を受け取ろうとした。


2人の手が触れ合おうとした瞬間、美少年が大ちゃんを引き離す。

「だめだ!やめろ!」


「おのれ!」

女騎士が剣を抜いて振り下ろす。剣は空を切った。それは火花をあげてバルコニーの床を削り、女ごと消えた。


大ちゃんは気を失う寸前、

「スカーレットさん・・・」と無意識につぶやいていた。




小次郎が取り巻きから離れ、バルコニーに大ちゃんを探しに来たのはそれから5分ほど経ってからだった。

「大くん!大くん!」

いくら呼んでも、探しても、大ちゃんはいない。

「大くん・・・」

ふと、小次郎の足元にネクタイが落ちているのが見えた。

それは美紀が用意してくれた、自分のと色違いの特注品。

その周りには、シャツのボタンが数個。やはり自分のシャツと同じ特注品のものだ。


「大くん、まさかここで女の子になって・・・!じゃあ・・・どこに行ったんだ?」



大ちゃんは揺れる車の中で目を覚ました。

「起きた?」

横には先ほどの美少年が座っている。


「あの・・・あなた、誰なんですか・・・。」

ふらふらする頭で大ちゃんが聞くと、美少年は微笑んで答えた。


「ボクは神奈川 瞬。美紀の弟だよ。ま、もっとも母親が違うけどね。」


「瞬さん・・・。美紀さんの・・・。あ・・・どうしてボクをここに・・・?ここはどこですか?」

「ここは車の中。ボクの方の別荘に向かっているよ。そして、どうしてキミがここにいるのかと言うと、ボクが興味を持ったから誘拐したんだよ。そして今からキミをよく知りたいと思ってる。まずはその体全てをね。」


大ちゃんは車の隅に寄って身震いした。



車は小雨の降る中、どこかの森の中の大きなお屋敷の前にとまった。美紀のドラキュラ城と違って近代的な外観だ。

瞬はアイドルのようなベビーフェイスの印象と違って力が強いらしく、嫌がって抵抗する大ちゃんを難なく引きずって屋敷の中に放り込んだ。

指紋認証と自動ロック。普通の建物ではない。


「離してください!やだ・・・小次郎さんを呼んでください!」

大ちゃんの抵抗むなしく、さらに屋敷の奥深く地下のようなところに連れて行かれる。途中隠し扉のようなところも通ったので誰か来てくれても発見されないのでは、と絶望的な気分になった。


地下の部屋は広く、どこか高級なホテルのスイートルームのようになっていた。その部屋の重い扉は瞬の角膜で認証されて開いた。つまり他の誰も入ってこられない。


「隠し扉に角膜認証・・・。ここは一体どういうところなんですか・・・?!」

「神奈川家が桁違いの金持ちだということは君も知ってるだろうけど。さてそんなお金、まともなことだけして稼げるわけない、ってことだよ。ま、要するに違法の限りを尽くしているってこと。そしてここは・・・まあ、ボクのやっていることのショールームみたいなところかな。」

瞬は戸棚から、なにか銀色の器具を出しながら言った。

「ねえ、キミ。・・・あ、名前はなんだっけ?大ちゃんって呼ばれてたかと思うんだけど、女の子なのに変わってるね?まあいいか・・・。さ、腕を出して。」

「・・・いやです・・・!」


瞬は少し困ったという顔をして、無理矢理大ちゃんの腕に何かを張り付けた。

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