第152話 二つの道
「いくらアタシが鬼畜でも、こんな状態のリーフを襲っちゃうってのもねぇ。」
ロザロッソはその夜、洞窟の外に出て一人運動をして過ごした。
リーフとともに誘惑の香が立ち込める洞窟にいて、我慢できる自信がなかったからだ。
「なんたって最高級品ですもの、効き目は確かだわ・・・ホモにもよく効くわ・・・」
香の匂いが薄れ始めたのは朝日が昇ってからだった。
「どうしたの、ロザロッソさん、疲れてるみたいだけど。目の下にクマが出来てるよ。」
十分寝て、1人元気なリーフ。夜に起きたことを全く知らず、呑気なものである。
ロザロッソは美しい顔にいろんな影が出来ていた。
「うっさいわね、ほっといてちょうだい。あ~・・・美容に悪いわぁ、もう・・・。」
「天罰じゃない?」
という仔馬のクロちゃんのつぶやきが聞こえたらしく、道中しばらく二人(ホモと一匹)は言い争うことになった。
いい加減なれっこのリーフは、適当に流しながら歩く。
崖の上の町を出て、大橋を渡り、昨夜は旅人の洞窟に泊まって、今は次の町まで3時間ほどの距離。
少し登りの山道があって歩くのは大変だったが、小川や木陰が多くて休憩には困らない行程だった。
湿った緑の匂いや、サラサラと流れる水の音、小鳥のさえずり。
リーフは、ここ数日で起こったいろんな出来事が遠い過去か夢で見たことのように思えてきた。
(ゆ・・・夢だったらいいのになぁ~・・・とか。ううっ)
ダメダメな性格はゼンゼン変わっていない。
「ねぇ、どうするの、ツルギの国は。」
大きな街道に出た時、ロザロッソが聞いてきた。
「え?どうするって・・・?」
「この道はこのさき二手に分かれるの。右に行けばツルギの国、左に行けばあんたが最終的に目指しているホシフルの国への道になるわ。
・・・アーサーがいなくなっちゃった今、アンタがツルギの国へ行く用事はなくなったわけなんだけど・・・。」
(アーサーさん・・・)
リーフの心はズキッと痛んだ。
ミナの宿屋で、ジャックを殴った時の顔が、キスした時の表情が、忘れられない。
何かあると思い出していたのはアーサーのことだった。
(もう、あの太陽みたいな笑顔でボクに笑いかけてくれることはないのかな・・・)
そう思うと無性に寂しい。
(でも、でもボクは赤のドラゴンの欠片を集める者じゃないんだから、どうせ現代に帰るんだから、いいんだ!いいんだ・・・)
とはいえ。なぜか。
「ツルギの国へ行ってみたいです・・・」
などど言ってしまうリーフだった。
シャルルとヒュー、青の巫女アリスは、ヒョウガの国を目指して旅を続けている。
「よし、この調子なら明日にはヒョウガの国に着くだろう。大丈夫か、シャルル。」
と聞いたのは、ヒュー。
「ああ、大丈夫だよ。いつも心配かけてすまない・・・。」
シャルルは天使のような顔で微笑みながら答えた。しかし顔は青ざめている。
10日ほど前、シャルルたちはリーフと別れて、山賊のアジトがある山の上のドゴール村に向かった。
彼らが村に帰った時、シャルルを見て、彼を知る人はみな驚愕した。
顔の半分を覆っていた痛々しいやけどの跡がすっかり消えて、潰れていた右目が開いていたのだから当然だ。
やはりシャルルは見かけ通り天使だったのではと一時村は大騒ぎになったのだが、ヒューが、高価な薬と腕のいい医者のおかげだと説明してなんとか収まった。
そして雑務を済ませた後、アリスをヒョウガの国へ送っていくことになっていたのだが、シャルルがひどく体調を崩して何日も出発が遅れてしまったのだ。
アリスは甲斐甲斐しくシャルルの看護をした。
「大事な・・・赤の欠片を宿すお方です。私の夫のようなものですから、心を込めてお世話させていただきます。」
そのけなげな態度と綺麗な顔に周りの山賊の男たちはメロメロになっていた。
「いつぞや、シャルル様が連れてきた黒髪の巨乳のチンチクリンとはえらい違いだなぁ。」
かなり遠くから悪口を言われてしまうリーフ。
シャルルとヒューは苦笑するしかなかった。
シャルルがどんなにリーフを愛していたのかは、ヒューだけが知っている。そしてリーフと別れてアリスと行くことを選んだのも、すべてリーフのためなのだ。
「アリスは、危険だ。」
早い段階でシャルルは気が付いていた。
アリスが自分の側を離れたわずかな隙に、ヒューに話すシャルル。
「どういうことだ?」
「確信は持てないのだが・・・。リーフの側にいると、体の中の赤の欠片が優しく暖かくなったのに、アリスの側にいると何とも言えない冷たい闇を感じるんだ。
もし、赤の欠片が愛する青のドラゴンのもとに集まって復活を望むのならば、この感情はおかしいと思う・・・。
もう少し彼女を調べてみたい。」
「その感じは俺にもなんとなくわかる。アリスは、美しい顔とは裏腹になにか見てると不安になるときがあるよ・・・。しかし、お前はアリスを抱くんだろう?ヒョウガの国につく前に。本当にアリスこそが青の巫女で、その身に欠片を集めて赤のドラゴンを復活させるものならば、彼女の言う通り時間はないんだからな。」
「ああ・・・。きっとそうなるだろう・・・。」
それが今晩だった。
一方、ロザロッソとリーフたちは、ツルギの国方面へ、本日の宿がある村に到着していた。
「クロちゃん、おつかれさま~。ゆっくり休んでね!」
宿屋の前にある綺麗な馬小屋で、新鮮な水と乾草をもらってご機嫌なクロちゃん。リーフは優しくブラッシングをしてあげた。
ロザロッソはサッサとリーフを置いて酒場に行ってしまったので、リーフは一人街をぶらぶらした。
ここはよくある街道沿いの小さな村である。
(最初はこの世界のどこに行っても何を見ても物珍しかったけど、この頃はボクでもなれちゃったなぁ!)
余裕をぶっこいて警戒心ゼロのリーフ。
旅人が多いこの村で、よそ者と言えどもリーフに気を留める人はいなかったが、ただ一人、リーフを瞬きもせず凝視するものが一人いた。
建物の間の薄暗い隙間。灰色の、フードが付いたマントを頭からすっぽりとかぶっている。
「あれは・・・赤のドラゴンの・・・欠片・・・!」
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