第146話 降り始めた、雨
「や・・・こないで・・・」
「リーフ!違うんだ・・・聞いてくれ・・・!」
逃げようとするリーフを抱きしめる。
「やだジャックさん・・・離して・・・。ボクたちが夫婦だなんて・・・嘘だったんでしょ?
だって、ボクたちはまだ本当の夫婦とは言えないって、先生が・・・。」
「先生?」
リーフはハッとしてジャックを突き飛ばし、その場から走り去った。
ジャックもすぐに追いかけようとしたが、エレーヌが腕を掴んで離さない。
「今は何を言ったって無駄よ。どんな言葉も信じられないでしょうね。それにしても、まだ夫婦じゃないってどういうことかしら?抱いてないってこと?あの子じゃできないのなら、私で試してみる?」
雨が降り始めた。あれほどいい天気だったのに。
雨にぬれながら、リーフはあてどもなく町を歩いていた。
ミナの宿屋に帰る気にもならない。
突然の雨に人々も家の中に入ってしまい、リーフに声をかける者もなかった。
(どうしよう・・・。ボク、どうしよう・・・。)
不安で胸が押しつぶされそうになるリーフ。
「リーフさん?」後ろから呼び止められた。
「クロード先生・・・。」
往診帰りのクロードだった。
「まだ体も弱っているんですから、雨になんて濡れたらダメですよ。」
クロードはリーフを部屋に入れて、乾いたタオルと暖かいお茶を出してくれた。
「はい・・・すみません・・・」うなだれたままのリーフ。
「なにかあったんですね?」
どう答えていいのか分からない。
「いいですよ、答えたくなければ、またあとで。どうせあなたはここで休んでいくんですから。」
「え?いえ、そんなご迷惑はおかけできませ・・ん・・・」
急に睡魔に襲われるリーフ。
「ほら、眠くなったでしょう?」
クロードの顔がぼやけ始める。
「・・・」
リーフはコトン、と座っていたイスにもたれかかるように眠ってしまった。
持っていたお茶のカップを床に落としてしまったが、幸いにも割れなかった。
クロードは、自分は飲まなかったお茶のカップを拾い上げる。
リーフが目覚めたのは見知らぬベッドの上だった。
「ん・・・」
体の自由が利かない。意識がはっきりしてくると、自分の両手がベッドに縛られていることに気付いた。
「えっ?!」
手を動かしてみるが、縛られているところは硬く固定されている。
「なに?どうしてっ?!」
徐々にパニックになって周りを見回すと、見知らぬ男の子が近くのイスに座ってニコニコとこちらを見ていた。
それは、さっきリーフが座っていたイス。
「ここ・・・クロード先生の部屋・・・キミは誰?!」
「へ~、すごいすごい、ホントにボクのことわからないんだぁ。記憶喪失の人って初めて見たかも~。
ま、いまのボクはちょっと顔が違うから分からなくても仕方ないんだけどね。」
「何言ってるの?キミはボクの知り合いなの?あの、とにかく、この手を縛っている紐をほどいてくれない?」
緑の髪の男の子はあはははと面白そうに笑い始めた。
「ホントに!キミは面白すぎるよリーフ!大好きだよ!今からどんなことが起こるか想像できるかい?
ああ、どんな顔をするのかなキミは・・・。」
「なに?なんなの?ボクの名前を知ってる・・・キミは誰なの?」
「・・・アベルだよリーフ。さあ、診察開始だね。
クロード先生にじっくり診てもらうといい。ボクも見学してるから。」
「?!」
隣の部屋からクロードが入ってきた。
ジャックは走り去ったリーフを、雨の中町中探して走り回っていた。
すでにミナの宿屋には3回見に行っているし、町の端から端まで何往復も探しているのだが見つからない。
「どこかの家か店に入っているんじゃない?」
ずぶ濡れで、真っ青になっているジャックを見かねたミナが言った。
「・・・リーフには、この町に知り合いなんていないんです・・・!」
また走り出す。3時間は経っただろうか。
(どうしてオレはあんなことをしてしまったんだ!エレーヌに脅されたとはいえ、自分からキスするなんて・・・!)
その場面を、リーフに見られてしまった。
(ただでさえ不安なあの子をもっと苦しめてしまった・・・。リーフ、はっきりわかった。
オレは、お前を女として愛しているんだ!リーフ!)
雨は夕方を過ぎて青く激しくなっていく。
ジャックは骨折と傷が治まらないまま、空に向かって羽を広げた。
怪鳥ジャック。
羽は何か所かそのままバキバキと折れ、広がった傷から血しぶきが飛んだ。
「リーフ・・・」
ジャックは雨の降る夕闇に舞い上がる。
「クロード先生・・・?」
クロードは怯えるリーフに無言で近寄る。
「助けて下さ・・・」
リーフに覆いかぶさり、その助けを乞う唇を塞いだ。
舌を絡めるようなキス。
服をはぎ取る手。
「さあ、見せて、リーフ。」
アベルは二人の様子を楽しそうに見ている。
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