第122話 双剣

リーフが朝起きた時にいたのはシャルルの寝床だった。

フカフカの毛皮がリーフの体を包んでいる。


「あれ・・・?」

一瞬どういうわけか思い出せないリーフ。

(えーっと・・・夜眠れなくて、外で星を見てたらシャルルさんが来て・・・、で、キスして・・・。)


あの後、シャルルは軽いキス、濃厚なキスを何度も繰り返してきてリーフはフラフラになってしまった。


「少し休もうね」とシャルルは言い、リーフを抱きあげて自分の寝床に運び、毛皮を掛けてくれたのだ。


「そうだ、ボクそれですぐに寝ちゃって・・・」

ハッと気づくと、寝床のそばで仁王立ちして睨んでいるヒューと目が合った。


「おい、お前!どうしてここで寝てるんだ?!もしかしてシャルルとやったのか?!やったんなら俺たちの旅はもう終わりだからお前ひとりでサッサと行ってくれ!」


「や・・・やってないと思うんですけど・・・」焦るリーフ。「服は着てますし・・・。」


「あはは、なんにもしてないよ、まだね。」

洞穴の奥の方からシャルルが出てきた。

「さあ、今日はちょっと危険な道のりになるから急いでいこう。」




「危険な道のりってどういうことですか?」

リーフは森の中を進む馬上でヒューに聞いた。


「ああ、俺たち山賊には縄張りがあるんだ。今日から行く道のりはもう他の山賊の縄張りだから、いつ襲われてもおかしくないってことさ。

まあ、闘って負ける気はしないが、死人でも出したら厄介なことになるからな。避けたいとこだ。」

「縄張り・・・。」


美しい森の道では、リーフには想像もできない。ヒョウガの国を南に下っているせいか、かなり暖かくなってきていっそう平和な気分になる。

「オレたちは肌で感じる温度で縄張りが分かるんだ。季節によって違うが、風景や樹木の種類、風の匂い、いろんなものが教えてくれる。」

「ふうん・・すごいなぁ。」


ヒューの話に感心しつつ、もの凄い睡魔に襲われるリーフ。昨夜はあまり寝ていないし、馬に揺られる振動が心地いいのだ。


「リーフ・・!こいつ、グウグウ寝てやがる!いい気なもんだ」

ヒューはあきれてシャルルに言った。

シャルルは馬を近づけてそっとのぞき込む。うつらうつら幸せそうな顔で居眠りしているリーフを見た。

「ふふ、可愛いねリーフちゃんは。ヒュー、起こさないでいてあげてくれる?」

「ちっ、仕方ないな。シャルル、お前、コイツに甘すぎないか?」

「そうかな?ボクはただ、この子が可愛くて仕方ないだけなんだよ。赤のドラゴンの欠片のせいかどうかは分からないけど、たぶん、かなり好きだよ。」

ヒューは面白くなさそうに、わざと馬を強くけって走らせた。リーフは落っこちそうになったものの、しばらく起きることはなかった。




そんなリーフたち3人の半日後を、アーサーは進んでいた。

パッカパッカと黒い仔馬もついてきている。

そう、仔馬のクロちゃんである。


「まってよ、アーサー!ボクもう疲れちゃったんだから!」

「お前ヒョウガの国の名馬オリオンの息子だろ?がんばれよ!」

「だって喉も乾いちゃったんだもん!!」

アーサーは仕方なく小さな湖の近くで休憩を取る。


昨日アーサーがドゴール村の盗品を扱う店の店主を締め上げた時、リーフが持っていた品々を見つけた。

「おい、これを持っていたリーフという女を知らないか?チビの黒髪の巨乳だ!」

と店主に言っていると、

「リーフ!リーフのこと知っているの?」

と、店の奥からクロちゃんが顔を出してきたのだ。


盗賊たちはリーフの持っていたすべての品と、仔馬のクロちゃんも売り払っていたらしい。

しゃべれる珍しい仔馬だと店主は寄越そうとしなかったが、アーサーは剣を振りかざすという誠意をもって安価で譲ってもらった。

なにせクロちゃんは、アーサーが知らないヒョウガの国でのリーフのことをよく知っていたから、いろいろ聞きたかったのだ。

アーサーはこの子馬と、リーフがお菓子を作る紫の壺だけを取り返した。

(ほかの豪華な品々は、ヒョウガの国の王ブルーが用意したものと聞いたので欲しくなかった)


「でさ、聞いてる?可哀想なリーフは盗賊に誘拐されたんだ。あ、でもボク聞いたんだから!子分たちが、”お頭たちはあのチビで巨乳の女を連れてツバサの国に行くからしばらく留守にする”って。

ね、その女ってリーフのことだよね?リーフはツバサの国に向かっているんだよね?早く会いたいよ!」


クロちゃんは、喉が渇くのももっともだというぐらいの早口とおしゃべりだった。

うんざりして返事すらしないアーサー相手に延々としゃべり続けている。


しかしそのおかげで、リーフたちの足取りはつかめた。

なかなか追いつけないが、行く先が分かっていればいずれ会えるだろう。


「しかし、そのエリー姫が化けたというハエの化け物、気になるな。きっとツバサの国では大きな騒ぎになっているだろう。」

「ボクもねえ、馬小屋から見たんだけど、そりゃあ恐ろしい魔物だったよ!リーフ、あの化け物を追いかけてどうするつもりなんだろう・・・。ああ、心配だよ!アーサー、リーフを助けて!」

「言われなくても。」

しばしの休憩の後、一人と一匹は先を急いだ。




リーフが馬上のお昼寝から覚めた時、明らかにヒューの様子がおかしかった。

馬の歩みを早め、常に剣を構えている。


「どうしたの・・・・?」

「静かに。どうも、囲まれている。」


リーフには分からなかったが、一定の距離を取りつつ3人を複数の人間が囲っているらしかった。

「たぶん、そろそろ馬から降りて戦うことになるだろう。お前はとにかく安全なところに隠れている。」

「あ…安全なところって・・・」


ザザッ


一本の木が揺れた。


それが合図とばかりに、どこから現れたのか十数人の男たちが姿を現した。

ヒューは馬から降りて、大剣を構える。


「命が惜しいのなら今すぐ立ち去れ!」と叫ぶヒュー。

シャルルも静かに馬から降りる。

リーフは馬の上でオロオロしていた。


男たちは大声でゲラゲラ笑い始める。

「聞いたか、おい!俺たちを相手に勝てる気でいるぜ!コイツのほかにはガキと女みてーな男しかいねぇのに、よく言えたもんだ!デカい男は皮を剥いで、他の2人は死ぬまで犯しちまえ!」


「やれっ!」という掛け声とともに男たちが踊りかかってきた。

逃げることも出来ずリーフは、真っ先に馬から引きずり倒される。

「お、ガキみたいだけど結構可愛い顔してんじゃねーか。どれ・・」

そういうと一人の男がリーフの胸を鷲掴みにした。

「やめてっ・・・」と言い終わらないうちに、男が掴んだ手の力が抜けている。

そして男の姿が消えた。


「まずい、シャルルが怒ったか・・・」

ヒューが冷や汗をかいた。


リーフの横には4分割された男の死体が転がっている。

「え・え・?」

音もなく切り刻み、リーフの前に立っているのはシャルル。


双剣を構えている。


その美しい顔から微笑みは消えていた。


「こいつ・・・!やっちまえ!」

3人の男たちがシャルルに襲い掛かったが、すぐに肉塊と化した。

何が起こっているのかまだ脳内でリーフは理解できない。


男たちのリーダーと思わしき男が叫び声をあげた。

「やべぇ・・・!こいつ、双剣のシャルルだ!逃げろ!!」


男たちは森に走った。シャルルは湾曲した双剣をブーメランのように投げる。

その剣は木の枝ごと何人かの男の首や腕を切断してシャルルの手の中に戻ってきた。


森にうめき声が響き、やがて静けさを取り戻した。

「シャ・・・シャルルさん・・・?」

震えるリーフ。

シャルルはいつもの微笑で言った。

「大丈夫?リーフちゃん。ボクがいながら怖い目に合わせてごめんね。」

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