第69話 竜の舌の洞窟
雪山の道は驚くほど厳しかった。
現代っ子のリーフ(大ちゃん)には、想像できない世界。
ちゃんとした道どころか、看板もない、方向も分からない道を経験だけで進むのだ。
しかも、時々恐ろしい獣の遠吠えが聞こえる。
(生きて山を越えられるのかな・・・)
リーフはアーサーの腕の中でしみじみと考えていた。
森の大賢者クルクルは、また、こだぬきの姿になってリーフの胸にしがみついている。
雪が降っていないときはいいが、ひとたび降り始めると右も左も、時間の感覚さえも分からなくなる。
「王、雪が激しくなった参りました!この雲の調子では、今晩は猛吹雪になりましょう・・・!」
家来の一人が、吹雪に負けじと叫ぶ。
「よし、竜の舌の洞窟まで行こう。今夜はそこで休む!」
一行はしばらく前進し、雪の壁の前で止まった。
「何もないけど・・・・」とリーフが思っていると、ブルー王が首にかけた小さな金の笛を取り出し、その雪の壁に向かって吹いた。
すると、中から同じ笛の音が聞こえてきて、雪も壁がどさっと崩れたかと思うと、鉄に壁が現れて徐々に開いていった。
「長旅お疲れ様でございます、ブルー王。どうぞ、お早く中へお入りください。」
中から出てきたのは、しゃべる、毛むくじゃらな、シロクマだった・・・・。
(か、かわいい・・・)
かなり巨大なシロクマなのだが、紅いベストを着ている姿は、ぬいぐるみみたいでリーフにはすご~く可愛く見えた。
クマは本来恐ろしい生き物であることは十分に知っていたが、このシロクマはしゃべるし、目には知性と優しさ律義さが感じられた。
(もふもふしたい!)
ついつい、よく手入れされた白いフワフワした毛に触ってしまうリーフ。
ブルー王とならんで先を歩いていたシロクマはクルリと振り向いた。
「これはこれは、可愛らしいお嬢さんですね。
ブルー王がこちらに女性を連れてこられるとは、珍しいことです。カナシャ様以外は・・」
言いかけて、ブルー王のほうをチラリと見、咳払いをした。
(もしかして、カナシャさんって。ブルーのお姉さんかもしれない)リーフは直観した。
「申し遅れましたな、わたくしはベイドと申します。以前は王様の側近を努めておりましたが、このような姿になりましてからは、こちらの”竜の舌”にて番人をいたしております。」
「えっ、はじめからクマさんじゃなかったの?」
とっさに思ったことを口に出してしまうリーフ。
ベイドはガハハ、と笑った。
「おもしろいお嬢さんですな、ブルー王。ああ、それにしても先ほどから良い匂いが・・・」
ベイドはリーフをクンクン嗅ぐ。
(た、食べられるの?)と思ったが、すぐに胸元に入れてあったパイの残りのことだというのに気づいた。
「これのことかなぁ・・・?」
リーフがアップルパイの欠片を出すと、ベイドの目がキラキラ輝いた。
「なんとかぐわしきこの香り!お嬢さん、ぜひこれをわたくしにいただけませんか・・・」
「いいですよ、でもよければ新しいのを焼きますよ・・」と言い終わらないうちに、ベイドはパイを口に入れていた。
「うまいうまい!これは素晴らしい品ですな!」
ニッコニコである。
気が付けば、狙っていたパイを取られたクルクルと、お腹を空かせた家来たちがこちらをジッと見つめていたので、リーフは急いでケーキを焼くことになった。
寒い夜なので、甘くしたブランデーの入ったパウンドケーキを焼く。
自分とクルクル用にはバナナのパウンドケーキ。
クマのベイドはリーフが壺から材料を取り出したり、混ぜたり、壺で焼いたりするのを興味深そうに眺めている。
「ふんふん、ほうほう、これはなんとも不思議な壺ですなぁ・・・。なんと、これはお嬢さんしか使えないのですか?!いつでもこのように美味しそうなものが作れて、羨ましいかぎり・・・」
何個も何個もパクパクケーキを食べ、ベイドはいきなり真面目な顔(クマだけど)になってブルーに言った。
「王、もしお許しいただけるのでしたら、わたくしにこのお嬢さんを妻としていただけませんか?」
リーフはかじっていたケーキを噴出した。
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